ガンの末期になると悪液質と呼ばれる状態に陥り、ただ痩せるというだけではなく、特徴的な容貌や外見を示すようになることは一般の人にもよく知られている。中でも筋肉の萎縮は特徴的で、単純に使わないから萎縮する以上のことが起こっている。
この悪液質にはIL1、IL6などのサイトカインが関わることが知られており、悪液質を止めて生活の質を高めるため、これらのサイトカインに対する抗体を用いた治療治験が行われているが、筋肉萎縮についてはそのメカニズムはわかっていない。
今日紹介するトルコKoc大学(トルコからの論文を紹介するのははじめてだ)からの論文は、ガン末期に筋肉萎縮が進行するメカニズムをマウスモデルと培養細胞で明らかにした研究で、5月10日 Nature オンライン版に掲載された。タイトルは「EDA2R–NIK signalling promotes muscle atrophy linked to cancer cachexia(EDA2R-NIKシグナルがガン悪液質による筋肉萎縮を促進する)」だ。
この研究は極めてオーソドックスだ。まず、マウスモデルで悪液質が誘導されると、筋肉にこれまで機能がはっきりしていないTNFファミリー分子のEdaa2とその受容体Eda2rの発現が上昇することを特定する。
そこで、筋肉培養系でEdaa2を添加すると、筋肉内で蛋白分解システムが高まり、ミオシンなどの分子量が低下するとともに、筋管の形成が強く抑えられる。また、Edaa2遺伝子を筋肉で発現するトランスジェニックマウスでは、悪液質がなくても筋肉移植が起こるし、Edaa2に対する受容体Eda2Rを筋肉でノックアウトすると悪液質を誘導しても筋肉移植は起こらない。
このように、予想外のEdaa2/Eda2rシグナルが悪液質の筋肉萎縮特異的に働いていることを発見したのがこの研究のハイライトになる。
後は、悪液質でEdaar2が上昇する上流のシグナルと、Eda2R下流のシグナルについて、ノックアウトマウスや培養細胞について検討し、
- IL6ファミリー分子の一つオンコスタチンMがEda2rの発現を上昇させ、筋肉のEdaa2に対する感受性を上げること、またオンコスタチンM受容体を筋肉からノックアウトすると、悪液質による筋肉萎縮を抑えられること、
- Eda2rの下流ではNFκシグナル経路の中のNIKリン酸化を介する経路が働いて、筋肉を萎縮させること、またNIKを筋肉でノックアウトすると悪液質による筋萎縮を防げること、
を明らかにしている。
以上の結果から、ガンの悪液質が誘導されると、IL1. IL6などの炎症因子とともに、オンコスタチンMが誘導され、これにより筋肉でのEda2rの発現が上昇し、Edaa2への刺激感受性が上がることで、NFκB経路のうちNIKを介するシグナルが誘導され、これが筋管形成を抑制、また蛋白分解系を活性化させミオシン量を減らすことで筋肉が萎縮するというシナリオが示された。
おそらく、この経路は抑制できるので、悪液質の筋萎縮を抑えて、生活の質を高める可能性はあると思う。
TNFファミリー分子Edaa2/Eda2rシグナルが悪液質の筋肉萎縮特異的に働いていることを発見した!
Imp;
TNFαとガン悪液質!
Kevin Tracy先生のエキサイティングな自伝を思い出しました。
TNFα・抗がん剤・悪液質・関節炎・迷走神経・アセチルコリン。。。
https://www.amazon.co.jp/Fatal-Sequence-Kevin-J-Tracey/dp/1932594094