膵臓ガンの多くはrasガン遺伝子の変異とp53ガン抑制遺伝子の機能不全を持つ遺伝的には比較的均一なガンだが、多様性が高いだけでなく、同じようなガン遺伝子セットを持つガンと比べて予後が極めて悪い。この原因は膵臓ガン特有のエピジェネティックな要因にあるとしてこれまでも研究が進んでいる。
今日紹介する米国スローンケッタリング ガン研究所からの論文は、ras変異というgeneticな要因と相互作用するepigeneticな要因を明らかにするため、膵炎後の損傷治癒過程の細胞、マウス膵臓上皮細胞に変異rasを導入した後、発ガンまで様々な段階の細胞など膵臓に発生すると考えられる病理的細胞全てのエピジェネティックスを調べた大変な研究で、5月12日号 Science に掲載された。タイトルは「Epigenetic plasticity cooperates with cell-cell interactions to direct pancreatic tumorigenesis(エピジェネティックな可塑性が細胞相互作用を誘導し膵臓ガン発生を助ける)」だ。
すでに述べたように、膵臓上皮の増殖を誘導するような様々な変化を誘導し、single cell RNA sequencingで解析して、膵臓に現れる可能性のある細胞をまず網羅的にマッピングし、発生したガンは同じガンがないと言えるほど多様であること、損傷や、変異ras による前ガン状態で、すでにガン特有の性質を示し始めることを明らかにしている。
そこで、変異ras自体による変化を捉えるために、変異ras発現後48時間で起こるエピジェネてな変化を、今度はsingle cellレベルのクロマチン構造を調べるATAC-seqを行い調べた。その結果、変異ras発現のみで、損傷治癒増殖時よりさらに強いエピジェネティック変化を上皮細胞が起こし、ガンの方向に近づいていることを明らかにした。
この初期のクロマチン構造変化の病理学的意味を調べると、変異rasにより、一種の幹細胞のような過疎的なクロマチン構造が生まれ、その後様々な方向へ分化する可能性が発生している事がわかる。すなわちrasは分化状態を緩め、膵臓上皮では抑制されている様々な遺伝子も利用可能な状態になり、例えば胃上皮様のメタプラジアも起こっている。
この結果、炎症時と同じで、普通なら反応しない細胞間相互作用に反応する可能性が生まれ、ケモカインを分泌して炎症免疫細胞を誘導したり、逆に免疫細胞に反応して新しい性質が誘導される可能性が生まれる。このような分化の可塑性が生まれた結果可能になる新しい相互作用にかかわる、リガンド、受容体セットをインフォーマティックスを駆使して探索し、前ガン細胞と上皮幹細胞、あるいは前ガン細胞とTreg細胞などとの相互作用に関わる分子が、可塑性を獲得した結果発現し始めることを明らかにする。
そのうち、前ガン細胞で新たに発現してくるIL33に注目し、発現したIL33が上皮でノックダウンされるトランスジェニックマウスを作成すると、変異rasを発現しても発ガンが強く抑制されることを明らかに示し、可塑性誘導の結果新しく発現したサイトカインや受容体が、様々な組み合わせで発ガン過程を修飾して、多様なガンを作り出していることを明らかにしている。
結論としては、ガンはまず発ガン遺伝子がオンになって、それが細胞の増殖だけでなく、場合によっては大きなエピジェネティックな変化を誘導していることになる。また、膵臓ガンの多様性は、この時細胞が可塑性、すなわち多様な分化能を獲得した結果であることになるが、十分納得できる説明だと思う。
ガンはまず発ガン遺伝子がオンになって、それが細胞の増殖だけでなく、場合によっては大きなエピジェネティックな変化を誘導していることになる!
imp.
正に新生物。