当時自治医大にいた間野さん(現東大)たちが、肺ガンの原因遺伝子を機能的にスクリーニングして、非小細胞性腺癌の中にALK融合遺伝子が原因になっている事を突き止めた発見をきっかけに、ALKの機能抑制剤の臨床研究へと進み、現在ではALK融合遺伝子陽性の肺ガンの標準治療になっていると言う話はいつ聞いてもエキサイティングな話だ。事実非小細胞性肺ガンではこの遺伝子の転座があるかどうか検査が行なわれるようになっているのではないだろうか。ただ、この様な候補遺伝子の検査は、薬の効果のない人を見つけて治療から除外すると言う一面がある。おそらく今日紹介するROS1融合遺伝子を持っている患者さんは現在も除外対象になっているだろう。と言うより、初めから検査に引っかかってこない。しかし、ROS1融合遺伝子は非小細胞性肺がんの1%程度、他にも胆管癌、胃がん、卵巣がん、そしてグリオブラストーマなどで見られ、分子機能としてもALKに近い事がわかっている。実際、細胞株を使った研究からクリソチニブがALKと同じように、いやそれ以上にROS1の機能を抑制する事がわかっていた。今日紹介するマサチューセッツ総合病院からの研究はクリソチニブがROS1融合遺伝子を発現する肺ガンに効くかどうか確かめた最初の臨床研究で、9月29日号のThe New England Journal of Medicineに発表された。タイトルは、「Crizotinib in ROS1-rearranged non-small-cell lung cancer(クリソチニブはROS1遺伝子が再構成した非小細胞性肺ガンに効果がある)」だ。この研究は、一種の第一相の臨床研究で、対照群はなく、ROS1融合遺伝子のある全ての末期ガンを対象にクリソチニブ投与を行なっている。結果は予想通りと言うか、予想以上と言うか、72%の患者さんが反応し、33例中3例は完全寛解に至っている。クリソチニブで病気をコントロールできる期間は、18ヶ月近くに及ぶ。半分以上の患者さんは薬を服用して現在も経過観察中と言う。末期の患者さんに対して行なわれた治療である事を考えると素晴らしい結果だ。ROS1融合遺伝子がある場合は、クリソチニブがALK融合遺伝子の患者さんより良く効く可能性があり、この治療法を最初の選択肢とすべきと結論していいだろう。ただこの論文はもっと多くの問題を提起しているように思える。先ず、この様な結果がわかった時、通常の第3相試験まで進めないとクリソチニブをROS1陽性患者に使えないのかと言う疑問だ。既にALK融合遺伝子で安全性などのデータは十分あり、基礎的にはこの薬剤がROS1の方により強い効果があるとわかっている場合、治験プロトコル自体を工夫する必要がある。次の問題は、ALK融合遺伝子を診断項目とする事で、ROS1融合遺伝子が除外されると言う問題を今後どう解決するかだろう。今後遺伝子診断が普及する事を考えると、薬剤の作用機序がわかっている場合、それぞれの薬剤の対象となる標的分子のパネルが公開され、常にアップデートされている様な仕組みが必要な気がする。基礎と臨床のギャップを埋めると言うのは研究だけの問題ではない。情報のギャップをどう埋めて、早期に可能性を試せるか、創薬プロジェクトの重要な課題だ。また、診断側ではエクソーム検査を普及させるなど、候補遺伝子に焦点を当てる診断から、全体を見て判断する診断に変えて行く必要がある。この研究でも、実際製薬会社が勧めるFISH法では診断できていなかったケースが示されている。結局ほとんどの患者さんは次世代シークエンサーの検査に回っているが、配列決定のためにもガンの標本が遺伝子検査用に適切に保存される必要があり、正しい保存を徹底させる取り組みも必要だ。先日この様な状況を認識して、新しい肺ガンの治験プロトコルを作成する動きを紹介した。この様な動きをしっかり理解して、医師の側からももっと正しい診断に基づく、良く効く治療を行ないたいと言う希望に基づく運動が盛り上がる事を期待したい。