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10月2日:DNAは利己的になりうる(Natureオンライン版掲載論文)

2014年10月2日
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最近の若い研究者はRichard Dawkinsの提唱した利己的DNAの概念の事は知っているのだろうか。少なくとも常に話題になる程ではなさそうだ。基本的には、情報としてのDNAが細胞や個体とは全く独立しているとする仮定の上で進化を考える立場だ。元々変異の発生に目的などないと考えるダーウィニズムを少し極端に表現しただけとも考えられるが、情報が参照する実体がなくても存在すると言う錯覚を与える心配がある。情報がそれ自体で存在し得ないと考えている私自身は批判的だ。ただ20世紀科学の最大の成果、情報科学を考える点では重要な指摘だと思っている。今日紹介するカリフォルニア大学サンタクルズ校からの論文は、私たちのゲノムに存在する動く遺伝子トランスポゾンとその動きを押さえようとする分子の競合についての研究で、久しぶりにドーキンスを思い出した。タイトルは「An evolutionary arms race between KRAB zinc-finger genes ZNF91/93 and SVA/LI retrotransposons(KRABチンクフィンガー蛋白ZNF91/93とSVA/LIレトロトランスポゾンの進化での軍拡競争)」だ。私たちのゲノムのほとんどはジャンクと呼ばれる使う目的のない良くわからないDNAが占めている。その中には、ゲノムの中で増殖するメカニズムを備えている断片が存在し、トランスポゾンと呼ばれている。勿論そんな遺伝子がどんどん増えると困るため、トランスポゾンが増殖するのを押さえる仕組みを細胞は備えている。このトランスポゾンを押さえる仕組みに関わるKZNF分子の進化を研究したのが今日紹介する論文だ。KZNF分子はゲノム中のレトロトランスポゾンに結合し、この遺伝子を動かなくするKAP1分子をトランスポゾンの侵入場所に連れてくる役目をしている。この標的の一つL1の構造には種差があり、その結果マウスの細胞の中ではヒトのL1は抑制出来ない。これはL1の進化に合わせてそれに結合するLZNFがヒトトランスポゾン用に新たに進化して来たためで、マウスには新しい防御システムは出来ていない。このマウス細胞内ではヒトL1が抑制できない事を利用して、ヒトの染色体を導入したマウス細胞を作成し、170種類もあるヒトのKZNF分子の内どの分子がL1抑制に関わるかを特定できる。この実験の結果、ヒトKZNF91分子を導入するとヒトL1を抑制する事が出来る事がわかった。次に、KZNF91分子の進化を調べて行くと、類人猿が進化した後大きく構造が変化した事がわかり、事実ゴリラやチンパンジーの分子はヒトL1を抑制するが、オラウーンタンの同じ分子にはその力はない。一方、L1の進化の方を見てみると、最初はKZNF93が結合できる構造をしていたが、1千万年前にこの結合部位を欠損させている事がわかる。このことから、L1の方が抑制を逃れようと先に変化し、今度は新しいL1を抑制するためKZNFが変化して来たと考えられる。この研究では進化途上の遺伝子配列を推定しその機能を調べたり、KZNF分子のL1への結合や、L1の増殖など細かく調べているのだが、全て割愛して結論をまとめると以下のようになる。元々、L1とKZNF分子はいたちごっこの進化競争を繰り返していた。類人猿が進化して来た頃はL1にはKZNF93が結合してトランスポゾンの増殖を抑えていた。ところがL1の方がこの結合部位を欠損させ、KZNFの作用から逃れて増殖できるようになる。すると今度はKZNF91を進化させる事で、新しいL1の増殖をようやく抑制出来るようになったのが現状だと言うのがシナリオだ。要するに、レトロトランスポゾンと宿主は軍拡競争を繰り広げていると言う事だが、事実KZNF分子の数は進化過程で急速に増大しており、同じ様な軍拡競争が他のトランスポゾンにも存在する可能性が高い。読んで新しい事を学んだと思える論文だった。情報はそれが参照する実体がないと情報たり得ない。しかし、参照する実体を持つ情報の海の中では、参照する実体がないのに情報のように振る舞う断片が存在できる。利己的DNAもその一つなのだろう。勿論コンピュータウィルスも同じ事だ。生物学だけでなく、いろんな事を考えさせてくれる論文だった。

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