免疫系に発現しているシグナル分子が神経にも発現している例は多い。従って、神経とは関係がないと思っていた分子が神経に発現して、脳機能を変化させることが報告されても、まず驚くことはない。
しかし今日紹介するデューク大学からの論文は、現在何百万という患者さんに使われている抗 PD-1 抗体が学習能力や記憶を高める可能性を示す研究で、さすがに驚いてしまった。タイトルは「PD-L1/PD-1 checkpoint pathway regulates hippocampal neuronal excitability and learning and memory behavior(PDL1/PD-1 チェックポイント経路は海馬神経の興奮性を調節し、学習と記憶行動に関わる)」で、7月21日 Neuron にオンライン掲載された。
元々ミクログリアだけでなく、神経細胞にも PD-1 が発現していることは知られた。ただ、神経での機能を調べようと思い立った研究者はこれまでいなかった様だ。そんな中、このグループは PD-1 をノックアウトしたマウスに脳機能の変化が見られないか、様々な行動実験を行い、KOにより学習能力と記憶が高まること、またこの機能上昇は脳室への抗 PD-1 抗体投与でも再現できることを明らかにする。
まさに、生理的意味はともかく、PD-1 が記憶や学習に直接関わるという結果がこの研究のハイライトと言える。あとは、行動実験だけでなく、神経生理学的、生化学的に神経細胞への PD-1 KO の影響を調べ、本当に PD-1 が神経細胞で機能しているかを確かめることになる。
結果は明瞭で、生理学的には PD-1 は神経細胞の興奮を抑える役割がある。逆に言うと、PD-1 をノックアウトすると、自然発火も含め興奮性が高まっている。すなわちキラー細胞で見られるのと良く似ている。
PD-1 は脱リン酸化酵素を活性化して、細胞内シグナルを抑えることで、キラー活性を抑えているが、神経細胞でも、まず PHP-1 脱リン酸化酵素が高まり、その結果 ERKリン酸化シグナル経路が抑えられ、Kv4.2カリウムチャンネルが抑えられる。また、ERKシグナルで活性化されるグルタミン酸受容体の活動も抑えられ、これが神経の興奮性を高めることがわかった。要するに、興奮しすぎを抑える働きを PD-1は持っており、逆にこのシグナルを抑えると、神経興奮性が上がるとともに、シナプス形成も促進され、長期メモリーが誘導され(long term potentiation)、学習や記憶が高まることになる。
データを示されてみると、十分納得できるが、ではなぜ記憶や学習に特異的効果を持つのか。これについては、海馬の興奮神経特異的に PD-1 をノックアウトする実験や遺伝子発現パターンから、このメカニズムが主に海馬の働いているためであることを示している。
さらに面白いのは、PD-1の発現が極めてダイナミックな点で、常に発現しているのではなく、例えば学習によって神経興奮が起こると、PD-1の発現が低下する。すなわち、学習時には自然に抑制されるメカニズムがある。このダイナミズムを理解するには、PD-1を刺激する PD-L1 がどこから来るかを明らかにする必要がある。様々な実験を行っているが、長い話をまとめると次の様になる。PD-L1 は脳の様々な細胞が発現しているが、興奮神経刺激に関わるのは神経細胞由来のPD-L1で、神経活動により PD-L1 が細胞外へと分泌され、これが PD-1 を刺激して神経活動のフィードバックを行っていると考えている。事実、PD-L1 を脳室に投与すると学習を抑えるし、逆に PD-L1抗体を脳室に投与すると、学習や記憶が高まる。このように、神経活動で PD-L1が分泌され興奮神経へのフィードバックをかける仕組は、免疫反応と極めて似ている。
以上が結果だが、人間でも同じか気になる。人間の脳スライス培養系を用いて人間でも同じようなシグナル経路が働いていることを示しているので、例えば脳の障害で落ちた記憶や学習を高めるための治療にPD-1抗体を用いる可能性はある。ただ、現在ガン免疫に利用されているPD-1抗体が脱ミエリンなど、様々な自己免疫反応を誘導することを考えると、脳機能を標的とする治療は注意深く行う必要がある。
いずれにせよここまで詳しいデータを示されると、本当にびっくりした。
興奮しすぎを抑える働きをPD-1は持っており、逆にこのシグナルを抑えると、神経興奮性が上
がり、シナプス形成も促進され、長期メモリーが誘導され、学習や記憶が高まる。
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免疫系と神経系はよく似ています。