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7月23日 肺腺ガンに見られる多様性の分子メカニズム2題(7月19日 Nature オンライン掲載論文)

2023年7月23日
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肺腺ガンは病理的にはいくつかのサブタイプに分かれるが、基本的には進行の遅いほぼ経過観察だけでよい非浸潤性のタイプと、浸潤性で転移の頻度の高いタイプに分かれる。この差を決める分子メカニズムについて、2編の面白い論文が Nature にオンライン掲載されたので一度に紹介する。

最初の論文はスタンフォード大学内科学教室からの論文で、良性型と悪性型の差が発ガン遺伝子KRASの変異が最初に起こった細胞の違いを反映しているという研究だ。

肺胞細胞には完全に分化した扁平なAT1細胞と幹細胞の性質を持つ立方体型AT2細胞が存在するが、これまでマウスを用いた発ガン研究ではAT2に焦点が当たっており、良性型の腺ガンを誘導することは出来なかった。このことから、良性型腺ガンはAT1細胞にKRAS変異が起こったときに発生するのではと考え、AT1特異的に変異RASを誘導すると、細胞は徐々に立方体型でAT2の性質を持つ腫瘍が発生するが、AT2に変異RASが発現した腫瘍と比べると、ヒトの良性型腺ガンと極めてよく似ており、進行が遅い。すなわち、予想通り良性型腺ガンはAT1細胞に由来すると考えられる。

詳細は全て省くが、細胞レベルの解析から、

  1. 変異RASはAT1からAT2への脱分化を誘導する。
  2. しかし、完全な脱分化ではなく、両方の性質を持つ移行型細胞が誘導される。
  3. 特にWntシグナルに依存性の増殖ではAT2由来ガンと全く異なり、逆にWntシグナルで増殖が抑えられる。
  4. 一方、KRAS変異導入によるAT1由来腺ガン細胞ではERKシグナル分子の活性に比例して、増殖や悪性度が変化する。
  5. このように、AT2へのリプログラムが変異RASで起こるが、AT1の性質を持つことからそのまま悪性のガンへと転換しない。

要するに、AT1への分化プログラムがガンの悪性化を抑えるという話だが、次に紹介する同じスタンフォード大学だが放射線腫瘍学教室からの論文は、p53ガン抑制遺伝子が、AT2からAT1への分化を強く誘導することで、悪性化を防いでいるという研究だ。

この研究ではAT2細胞に発ガン遺伝子を導入する実験系に、異なるp53活性を導入してガン発生を抑制したとき、細胞レベルでどのような変化が起こっているのか調べている。

期待通り、p53の活性が高いとガンの発生は抑えられ、p53活性が低いとガンの発生率は上がる。この時、p53の細胞レベルの作用を調べると、AT1への分化が誘導されることがわかった。また、この過程を追跡すると、AT1遺伝子群が、エピジェネティックに活性化されていることがわかった。

また、ヒトやマウスの肺腺ガンにp53を導入すると、AT1への分化が誘導される。また、正常AT2細胞でも、p53導入でAT1への分化が促進する。すなわち、前の論文でも示された様に、AT1細胞の性質を誘導することが肺腺ガンでのp53の役割と言うことになる。

では正常細胞でのp53の役割は何か。この研究では化学物質による肺障害モデルを、p53発現量の異なるトランスジェニックマウスで調べ、修復時のAT2細胞がAT1への分化を誘導し、AT2の過増殖を抑える組織再生のホメオスターシスに関わることを示している。

以上、かなりはしょって紹介したが、これまであまり話題にされなかった良性型肺腺ガンから、発ガンの一丁目一番地とも言えるRASやp53の新しい機能が明らかになった。素晴らしい臨床研究だと思う。

  1. okazaki yoshihisa より:

    肺胞細胞には完全に分化した扁平なAT1細胞と、幹細胞の性質を持つ立方体型AT2細胞が存在する。
    imp.
    A T1型細胞化が重要!

  2. YH より:

    この発見は予後予測と手術適応や術後補助療法にも影響を与える可能性があるような気がします。

    1. nishikawa より:

      面白いのは、完全に浸潤型に見える場合も、CTでlepidicな領域があると、進展が遅いらしく、最初どの細胞から始まるかが重要なようです。あと、毎月一回、いろんな先生とガンの免疫学の論文を読む勉強会を主催していますが、参加されますか。今月は31日、夕方6時半からです。

  3. YH より:

    西川先生
    毎月参加希望します。
    宜しくお願い申し上げます。
    愛知県がんセンター
    呼吸器内科
    堀尾芳嗣
    yhorio@aichi-cc.jp

    1. nishikawa より:

      後でURLと読む論文を送ります。ほとんどはこのHPで紹介しています。

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