この HP で何度も紹介しているように、膵臓ガンの特徴は極めて強い間質反応にあり、線維芽細胞が増加するとともに、コラーゲンを中心にマトリックスの過生産が起こり、組織は「硬い」とよく表現される。そして、この強い間質反応が、膵臓ガンの治療成績が30年間改善せず、極めて悪性のガンとされる理由の一つとなっている。
今日紹介するオーストラリアの創薬ベンチャー Pharmaxis と Garvan 医学研究所を中心とした国際チームからの論文は、間質を標的として細胞画のマトリックスを低下させる薬剤の開発についての論文で、8月28日 Nature Cancer にオンライン掲載された。タイトルは「A first-in-class pan-lysyl oxidase inhibitor impairs stromal remodeling and enhances gemcitabine response and survival in pancreatic cancer(新規の Panlysyl oxidase 阻害剤は膵臓ガンのストローマを再モデル化し、ゲニシタビンの効果を高め、生存期間を延長できる)」だ。
上に述べたように、膵臓ガンを抑制するために間質のマトリックス合成を抑えてみようと考えるのは当然の帰結で、コラーゲンやエラスチンの重合に関わる lysyl oxidase の機能阻害剤を用いる治療の開発が進められてきたが、明確な結論には至っていなかった。
この研究では、これまでの阻害剤が、4種類ある Lysyl oxicase(LOH) のうち一部しか阻害できないのが問題ではないかと考え、すべての LOH に効果がある薬剤 PXS-5505 を開発した。ラットを用いた薬剤動体や、副作用テストの結果は上々で、経口投与でガン組織に速やかに到達し、6ヶ月追跡で問題になる毒性は見られなかった。
LOH はガンが発現しているわけではなく、周りの間質組織が発現する。実際にこの分子がガン治療の標的になるのかを確認する意味で、ガン患者さんのデータベースから、ガン組織での LOH 発現量が高い人と低い人に分けて予後を調べると、高い人は明らかに生存率が低い。すなわち、ガンに直接効くわけではないが、ガン治療を補助する意味で、治療に使える可能性はある。
そこで、マウス膵臓ガンモデルを用いて、PXS-5505 の効果を調べている。このモデルでも、ガン組織の LOX は正常組織の10倍以上で、人間の膵臓ガンに近い。この組織でのコラーゲン沈着を試験管内で PXS-5505 が抑えられることを確認し、治療実験に進んでいる。
繰り返すが、PXS-5505 はガンに直接効くわけではないので、これを投与してもガン増殖に変化はないが、膵臓ガンでよく使われるゲムシタビン(gem)と組み合わせると、gem 単独より生存期間を伸ばすことができる。実際、PXS-5505 投与ではガン周囲の間質反応を抑えることに成功している。
最後に、ヒト膵臓ガンを脾臓に移植して、増殖や転移を調べる実験系を用いて、PXS-5505 は gem と併用することで、肝臓への転移を gem 単独より強く抑制できることを示している。
マウス膵臓ガンモデルで PXS-5505 を投与すると、それだけでガン組織への血流量が増加することも観察しており、これらの結果から、膵臓ガンの間質反応により薬剤のガンへの浸透が妨げられているので、gem の効果を高めていると考えられる。一方、免疫系細胞の浸潤については、残念ながら効果はあまりなく、免疫療法との併用が可能かは今後の課題になる。
結果は以上で、今後人間に使うことになるが、マウス実験から見ても根治につながるものではないが、間質を標的にした治療という意味で、期待したいと思っている。
PXS-5505 はガンに直接効くわけではないので、これを投与してもガン増殖に変化はないが、
1:ゲムシタビン(gem)と組み合わせると、gem 単独より生存期間を伸ばすことができる。
2:免疫系細胞の浸潤については、残念ながら効果はあまりなく、免疫療法との併用が可能かは今後の課題になる。
Imp:
膵癌の免疫療法の障壁の一つは‘間質‘のように思えて仕方ありません。
間質がなければ効くはずです。