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10月12日:脂肪組織をコントロールするI(10月9日号Cell誌掲載論文)

2014年10月12日
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動物にとって食事にありつけない日がある事は当たり前だ。子育てや卵の孵化のために何週間も食べずに生きる動物は普通に見られる。飢餓に備えて食べられる時には出来るだけ食べて身につける。こんな繰り返しを可能にしているのが、糖と脂肪の代謝を調節する代謝ネットワークだ。このネットワークが飽食の人類にはメタボリックシンドロームをもたらす。私たちに備わったこのネットワークをなんとか味方に付けるための様々な研究が進んでいるようだ。今月号のCell誌にはこの方向の面白い論文が2編掲載されていたので、今日・明日と紹介する。今日紹介する論文は、抗糖尿作用のある脂肪酸が私たち自身の身体の中で作られている事を報告するハーバード大学からの論文でで、「Discovery of a class of endogenous mammalian lipids with anti-diabetic and anti-inflammatory effects(抗糖尿作用、抗炎症作用を持つ脂肪類の発見)」がタイトルだ。この研究では、グルコースを細胞内に運ぶトランスポーターGlut4についてのこれまでの研究結果から、この分子が脂肪組織で発現されると抗糖尿作用のある脂肪が多く作られるはずだと予想を立て、PAHSAと呼ばれる脂肪酸を発見している。この話を理解するには少し予習が必要だろう。Glut4はインシュリンの作用で細胞膜に移動しブドウ糖を細胞内に取り込む役目がある。こうして取り込まれたブドウ糖は勿論エネルギーや脂肪酸合成の材料になるが、ChREBPと呼ばれる転写因子を介して解糖や脂肪酸合成を促進する酵素システムを誘導する。面白いのは、Glut4からのサイクルが回ると当然血中脂肪酸は上昇するが、血糖は正常でインシュリンに対する感受性が維持される。この結果から、脂肪組織でのGlut4発現を上昇させた動物には、抗糖尿作用を持つ脂肪酸があるはずだと予想を立て、脂肪組織がGlut4を高発現した時だけ上昇する脂肪酸を探索した。そしてついに、正常マウスの脂肪組織で作られ、Glut4高発現脂肪組織でChREBPを介して発現が上昇する脂肪酸PAHSAを突き止めた。本当は話はもう少し複雑でPAHSAには何種類ものアイソマーと呼ばれるサブタイプがあり、肥満や飢餓でそれぞれの増減は異なっているが、これについては全て割愛する。重要な事は、全PAHSAを合わせた血中濃度はインシュリン抵抗性の患者さんでは著明に低下している事、そしてPAHSAを経口投与すると、急性に血糖を低化させる事が明らかになった点だ。メカニズムが詳しく調べられているが、PAHSAの作用は多面的で、先ずインシュリンの分泌、及びインシュリンを誘導するホルモンGLPの分泌を誘導する事が出来る。さらに脂肪組織で特定の受容体GPR120を刺激し、インシュリンにより誘導されるGlut4の細胞膜への移行を上昇させる。そして同じGPR120を通して、インシュリン抵抗性の原因の一つとして考えられている炎症を抑える。要するにあらゆるシステムを利用して血糖を下げ、糖代謝を促進する効果を持っている。それが私たちの身体で作られ、また食品にも含まれている。この分野で創薬を目指している専門家がこの論文をどのように評価するのか是非聞いてみたい所だ。ただ、素人からみると好い事づくしのホルモンが新たに見つかったように見える。内因性の分子である事から、安全性に対する研究はそれほど難しくないため、わりと早く治験も行なわれるだろう。おそらくもう一つ重要なのは、これを検査項目にする事で新しい病態分類が出来る事だろう。この様なオーソドックスな生化学研究が生まれる事は、この分野がまだまだ可能性を秘めている事を示している。私の健康診断にPAHSAが入って来たら是非報告したい。

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