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9月28日 神経細胞進化をヒラムシから探る統合的オミックス(9月19日 Cell オンライン掲載論文)

2023年9月28日
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以前JT生命誌研究館の顧問をしていた頃、生命科学を俯瞰的に眺める目的で、生命進化から言語や文字の発生まで、様々な研究領域の文献を読みまとめることが出来た。この5年間の頭の彷徨が、私の専門家からジェネラリストへの転換を促してくれた。この時書き留めた内容は、現在のホームページに「生命科学の現在」(https://aasj.jp/category/lifescience-current)として掲載している。

この中の「生命情報の進化、1. 脳以前」(https://aasj.jp/category/lifescience-current)に、

海綿動物、平板動物、刺胞動物、有櫛動物の進化と神経細胞の進化について、2016年当時に分かっていたことをまとめているが、神経細胞が存在しない平板動物が持っているペプチドシグナルに反応する収縮性の細胞から神経細胞が進化したことを図入りで書いておいた。ただ、生命の進化を新たな情報システムを積み重ねていく進化と考えると、神経細胞の誕生はリアルタイムに外界に反応出来る全く新しい情報の誕生で、最も面白い進化ポイントの一つになる。

今日紹介するバルセロナ科学技術研究所からの論文は、まさにこのポイントを様々な新しい方法を駆使して調べ直した研究で、生命科学の進歩のすさまじさを感じさせる、私にとっては感慨深い論文だった。タイトルは「Stepwise emergence of the neuronal gene expression program in early animal evolution(初期発生過程で神経細胞遺伝子の段階的出現)」だ。

平板動物には神経はないが、収縮性の細胞があり、神経細胞進化の元になっていると考えられてきた。この研究では平板動物と、刺胞細胞や有櫛細胞のゲノム比較から、有櫛動物と平板動物、刺胞動物、左右対称動物の共通祖先がまず分岐し、その後で3種類の動物門へ分岐することを決定している。すなわち、神経細胞は共通祖先からの進化過程で生まれた。

当然共通祖先は平板動物同様神経細胞はなく、収縮性細胞が存在したはずで、5種類のヒラムシを集めて、single cell RNAseq を行い、平板動物の収縮性細胞の多様化をまず調べている。

まず面白いのは、平板動物を通じてほとんどの分化細胞は、共通する前駆細胞が存在し、またそれが増殖していることで、身体の細胞がコンスタントに共通の幹細胞から分化していることがわかる。

この例外が、ペプチド合成細胞で、4種類の平板動物から14種類のペプチド合成細胞を特定することが出来るが、細胞増殖のサインが全くない。これは、神経細胞が一旦出来ると通常リクルートされないのと一致する。

このペプチド細胞群の転写プロファイルに加え、Atack-seq でクロマチンの解析を行い、また遺伝子発現に関わるプロモーター配列のデータを合わせて、ペプチド合成細胞がどのように分化多様化するか、ゲノムレベルで解析している。これも面白い点だが、平板動物にはエンハンサーが存在しないらしく、転写調節をかなり単純化して調べることが出来る。

こうして明らかになったのが、ペプチド合成細胞は様々なペプチド合成だけでなく、おそらくそれを受容するGPCR型受容体を発現しており、ペプチドを通して神経のようなネットワークを形成できることがわかる。ただ、シナプス形成に関わる分子は存在しない。

さらに、他の細胞との分化過程がNotch分子とその下流のHes分子により調節され、これに加えてPax分子やFosなどの immediate early gene の発現など、我々が現在神経細胞の分化で見ているのと同じ転写ネットワークを見ることが出来る。

この平板動物のペプチド合成細胞の分化や機能に関わる遺伝子調節ネットワークと、分岐した刺胞細胞、左右対称動物のネットワークを最後に比べ、神経細胞進化過程を追いかけると、刺胞細胞で初めて出現する46遺伝子のほとんどがシナプス形成や電圧依存性チャンネルのような神経伝達機能と関わっていること、さらに左右対称動物への進化の過程で、新たに48種類のシナプス形成、及びチャンネルが付け加わり、そこに我々が神経で見ているGABA作動性シグナルシステムや、神経特有の細胞骨格因子が出現することを示している。

以上が結果で、2016年にはまだ現象としてしか見えていなかった進化の過程が、もっと生き生きと眼前に現れているのを見て興奮した。おそらく平板動物のペプチド合成細胞ネットワークの研究から、さらに面白いシナリオが見えてくるような予感がする。進化は面白い。

  1. okazaki yoshihisa より:

    1:ペプチド合成細胞は様々なペプチド合成だけでなく、それを受容するGPCR型受容体を発現し、ペプチドを通して神経のようなネットワークを形成できる。
    2:シナプス形成に関わる分子は存在しない。
    Imp:
    ペプチドネットワークも神経系=思考系を構築できる!
    単細胞は生きたコンピューター!
    著者は、システム生物学者。
    教科書『Essential Cell Biology』の著者で真面な生物学者です。
    ウェットウェア / ブレイ,デニス【著】〈Bray,Dennis〉/熊谷 玲美/田沢 恭子/寺町 朋子【訳】 – 紀伊國屋書店ウェブストア|オンライン書店|本、雑誌の通販、電子書籍ストア (kinokuniya.co.jp)

  2. 越川滋行 より:

    ヒラムシというと扁形動物のほうのヒラムシを指すことが多いと思うので、Placozoaの訳としては板形動物などがいいのではないでしょうか。

    1. nishikawa より:

      おっしゃる通りです。わかりやすくと思ってヒラムシにしましたが、変更しておきます。

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