論文ウォッチの基本は、その日読んだ論文の中で最も面白いと思った順に紹介することだが、たまにはこの範疇に入らない場合もある。今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校とバークレイ校からの論文はぼやきが混じる論文になる。タイトルは「Mitigation of chromosome loss in clinical CRISPRCas9-engineered T cells(CRISPR/Cas9編集T 細胞の染色体欠損を軽減する)」で、10月12日号 Cell に掲載されている。
これまでの CAR-T は患者さんのT細胞にレンチウイルスでガン抗原に対するキメラT細胞受容体遺伝子を導入するので、患者さんごとに遺伝子導入過程が必要で、これが膨大なコストの原因になっていた。これに対し、T細胞が持つTcR受容体遺伝子をノックアウトし、これに目的のキメラ受容体を導入することで、前もって作成した CAR-T を組織適合性のない患者さんにも使えるようにしてコストを下げる方法が既に治験段階にある。
ただ、クリスパー遺伝子編集には目的以外の遺伝子変異を誘導する可能性があり、臨床応用は常に慎重に行う必要がある。この研究では、クリスパー編集後のT細胞の染色体異常を single cell RNA sequencing を用いて解析する方法を開発し、CROP-seq と名付けたクリスパーターゲットと染色体異常の関係を調べる方法を開発して、クリスパー編集が目的以外の染色体異常を誘導しないか、高い精度で調べている。
これまでは全ゲノム配列などを通して集団レベルで異常を調べていたが、これと比べると感度は格段に上昇しており、この点では高く評価できる。
その結果、驚くことに編集効率が上昇するのと並行して、標的遺伝子と同じ染色体の欠失が20%近くに見られることが分かった。この傾向は、T細胞受容体のある染色体に限らず、編集によってその染色体の一部が欠損する傾向が見られることがあきらかになった。
さらにこの結果、細胞はDNA損傷反応から細胞死に至る様々な変化を来し、それぞれの細胞の分裂回数をおおよそ調べられる方法で欠損の影響を調べると、欠損を持つ細胞は一般的に、増殖能が低下していることも明らかになった。
これは一大事で、現在クリスパー編集後のT細胞の治験が進んでいることを考えると大至急対策が必要になる。
この研究でも実際にクリスパー編集T細胞治療を受けた患者さんからT細胞を分離し、染色体欠損がないかを調べ直している。これらの患者さんでは、3種類の遺伝子について同時にクリスパー編集が行われ、それに加えてレンチウイルスベクターによる受容体導入が行われている。
にもかかわらず、患者さんに導入されたクリスパー編集T細胞での染色体欠損は1%以下に抑えられており、心配するほどではなかった。この原因を追及して、結局この実験で遺伝子編集はT細胞増殖を活性化した後行っているのに対し、臨床に使われたプロトコルではまず編集のための遺伝子を導入し、その後増殖刺激を行うプロトコルであることに気づいた。この違いにより、p53の誘導が低いまま編集が行われた結果、欠損率が高くなったという結論で終わっている。
幽霊の正体見たり枯れ尾花というべきか、あるいは大山鳴動ネズミ一匹というべきか、心配させてどんでん返しはないだろうと、ちょっと頭にきた。同じことが他の細胞でもあるのかなど重要な情報はほとんどないので、感度のいい染色体異常検出方法以外に売りはない。レフリーも甘すぎる。
1:この実験で遺伝子編集はT細胞増殖を活性化した後行っているのに対し
2:臨床に使われたプロトコルではまず編集のための遺伝子を導入し、その後増殖刺激を行うプロトコルである。
3:この違いにより、p53の誘導が低いまま編集が行われた結果、欠損率が高くなったという結論だ。
Imp:
核内染色体を操作には思わぬ落とし穴がありそうです。
細胞質への人工染色体挿入、意外と有望かもしれません。