原理的に考えるとガンの免疫療法の成否は、ガン局所に十分な数のガンに対するT細胞が存在するかどうかで決まる。ただ、これまでガン局所のリンパ球( TIL )の解析に限界があったが、single cell RNA sequencing(sRNseq)の出現で大きな可能性が開けた。すなわち、TIL の個々のリンパ球が発現する抗原受容体とリンパ球の刺激状態を相関させることが出来るおかげで、局所で反応しているT細胞をある程度特定できるようになった。
今日紹介するドイツ・ハイデルベルグ大学からの論文は、膵臓ガン局所に浸潤するリンパ球の詳細な解析からガン免疫の活動状態を予測する方法の開発研究で、11月15日 Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「 Transcriptome-based identification of tumor-reactive and bystander CD8 + T cell receptor clonotypes in human pancreatic cancer(膵臓ガンのトランスクリプトーム解析によってCD8T細胞でガン反応性と、バイスタンダーT細胞抗原受容体を特定することが出来る)」だ。
これまでも同じような論文を何回か紹介しているが、この研究はガンのネオ抗原にこだわらなかった点や、将来がん免疫反応予想を行うことを念頭に置いて研究が行われている点が面白い。
9例の様々なタイプの膵臓ガン組織の sRNseq を行い、データを蓄積した上で、まずネオ抗原が多く存在すると期待できる一人の患者さんに絞って解析を行っている。
T細胞を遺伝子発現で展開すると、おおよそ10種類に分けることが出来、それぞれの性質を、例えばエフェクターT、抗原反応後活性抑制が働き出したT細胞と言ったように特定することが出来る。
勿論個々のT細胞の抗原受容体も特定できるが、抗原刺激に反応している細胞の受容体は出現頻度が高まる。この頻度が高かった12種類の TcR受容体遺伝子を、もう一度正常T細胞に導入して、同じ時に採取したガン細胞への反応を見ると、全てがガンに反応するわけではなく、7種類がガンに反応し、残りはガン以外の抗原に反応するバイスタンダーT細胞であることがわかる。
驚くのは、ガン反応性のT細胞と、バイスタンダーT細胞の分布を、先に展開したT細胞マップにかぶせると、ガン反応性のT細胞と、バイスタンダーT細胞を完全に分離できることがわかった。すなわち、ガン反応性のT細胞が今刺激が続いているという状態にあることがわかる。
面白いのは、こうして特定したガン反応性T細胞が、このガンが発現してそうな160種類のネオ抗原のいずれにも反応しなかった点で、最初からネオ抗原を決めてがん免疫反応を調べる方法は常にうまくいくとは限らないことを示唆している。
いずれにせよ、組織内で反応している細胞が特定できたので、これらの細胞の遺伝子発現パターンから、ガン反応性を予想するための遺伝子セットを特定している。こうして明らかにした遺伝子セットを、残りの症例でも、ガンに対する反応性と相関するかどうかを調べ、最終的にガン組織のリンパ球のsRNseq データから、ガン免疫反応性を高い確率で予測する方法を完成させている。
また、チェックポイント治療を行った患者さんをこの方法で調べ直すと、完全寛解例では期待通りスコアが高いことを明らかにしている。
結果は以上で、免疫治療はあまり効果がないと考えられている膵臓ガンでも、手術時の組織をしっかり調べれば、治療可能性を予測できることを示している。しかし、保健収載されなくともこのような診断法を我が国でも提供できるのか、難しい問題だ。
1:ガン反応性のT細胞と、バイスタンダーT細胞の分布を、先に展開したT細胞マップにかぶせると、ガン反応性のT細胞と、バイスタンダーT細胞を完全に分離できる。
2:最初からネオ抗原を決めてがん免疫反応を調べる方法は常にうまくいくとは限らない。
3:免疫治療はあまり効果がないと考えられている膵臓ガンでも、手術時の組織をしっかり調べれば、治療可能性を予測できる.
Imp:
膵癌でも免疫治療に効果が出る症例が存在している可能性あり