糖尿病は膵臓β細胞のインシュリン分泌能が低下する病気だが、2型糖尿病ではこの状態が発生する前、肥満などの代謝異常によりインシュリンが効きにくくなるインシュリン抵抗性が先行する。主に肥満や炎症などが最終的にインシュリンシグナル経路の蛋白質を変化させ、インシュリンによるシグナルが入りにくくなる状態で、糖尿病治療にとって重要な介入ポイントだが、最近の抗糖尿病剤の驚くべき進展と比べると、開発は遅い。
今日紹介するクリーブランド・ケースウェスタンリザーブ医科大学からの論文は、インシュリンシグナルの起点、インシュリンβ受容体とIRS分子複合体がSCAN分子によりニトロシル化されることがインシュリン抵抗性を誘導していることを明らかにした重要な研究で、12月11日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「An enzyme that selectively S-nitrosylates proteins to regulate insulin signaling(蛋白質を選択的にS-ニトロシル化する酵素がインシュリンシグナルを調節している)」だ。
ニトロシル化は活性窒素による蛋白質の修飾反応と考えられ、脱ニトロシル化酵素については発見されてきたが、蛋白質のニトロシル化に直接関わる酵素はこれまで特定できていなかった。
この研究は生化学のプロフェッショナルと言える研究で、まずニトロシル反応のコファクターとして働いていると考えられる SNO-CoA と結合する蛋白質を探索し、最終的にこれまでフラビン代謝に関わる以外に機能がよくわかっていなかった Biliverdin reducatase B(BLVRB) を特定する。さらに、この分子が欠損すると、50種類の蛋白質がニトロシル化されないことを確認し、この分子を SNO-CoA に補助されたニトロシル化酵素SCANと命名する。
次に、蛋白質のニトロシル化過程を調べ、まず SNO-CoA を用いた自己ニトロシル化反応がおこり、次に標的蛋白質と結合して特定のシステイン残基をニトロシル化することを明らかにする。極めて単純化して結論だけ述べたが、膨大な実験に基づく生化学研究のお手本だ。
そして、SCANによりニトロシル化される47種類の標的蛋白質の中から、インシュリンβ受容体(INSR)と IRS1 の複合体に焦点を絞り、ニトロシル化の機能を調べている。結果は極めて重要で、INSR/IRS1 がニトロ化されると、インシュリンシグナル伝達が低下する、すなわちインシュリン抵抗性が生じることを明らかにしている。また、ノックアウトマウスモデルを用い、遺伝的肥満や高脂肪食によりニトロシル化された SCAN が上昇し、その結果 INSR/IRS1 のニトロシル化が促進され、インシュリン抵抗性が生まれることを明らかにしている。
最後に脂肪代謝異常とSCAN活性化の関係を調べ、iNOS、nNOS、eNOSの活性化によるNOの細胞内での上昇がニトロシル化SCANの細胞内濃度を上昇させ、これが INSR/IRS1機能を阻害することを示している。また、iNOSは主に脂肪代謝異常により活性化されるが、nNOS、eNOSはインシュリン下流のAKTによりリン酸化されることで活性化される、まさにインシュリンシグナルのフィードバック回路として機能していることを示している。
結果は以上で、おそらくこれまで全く知られなかった、しかし活性化に関わる条件から見ると極めて重要なインシュリン抵抗性発生機構が明らかになり、結果SCANニトロシル化が重要な創薬ターゲットになることを示したと思う。
この研究ではインシュリン受容体のニトロシル化に集中しているが、他にも多くの蛋白質が特定されているので、今後新しい知見が多く得られるのではと期待される。
INSR/IRS1がニトロ化されると、インシュリンシグナル伝達が低下する、すなわちインシュリン抵抗性が生じることを明らかにしている。
imp.
SCANニトロシル化が重要な創薬ターゲットになる可能性あり!