AASJホームページ > 新着情報 > 論文ウォッチ > 12月12日 染色体ごとの遺伝子発現調節(12月7日号 Nature 掲載論文)

12月12日 染色体ごとの遺伝子発現調節(12月7日号 Nature 掲載論文)

2023年12月12日
SNSシェア

X染色体はオスでは1本、メスでは2本存在する。そのまま遺伝子発現が起こるとX染色体上の遺伝子の発現量はオスとメスで2倍の差が出るので、これを調節する必要がある。哺乳動物の場合、X染色体不活化と呼ばれる方法で、片方のX染色体からの遺伝子発現を完全に閉じることで遺伝子発現量をオスメスでそろえるのだが、ショウジョウバエではX染色体不活化は起こらない。代わりに、オスのX染色体遺伝子発現量を高めるメカニズムがあり、これに関わるのがMSL遺伝子だ。MSLとは male specific lethal の略で、この遺伝子が欠損するとオスのX染色体上遺伝子発現を倍加できないので、オスだけが死んでしまうのでこの名前がついている。MSLの機能は詳しく解析されており、MSL1、MSL2、MSL3、MOFからなる複合体により、特異的なヒストンアセチル化により遺伝子発現を高めることがわかっている。

以上の予備知識がないと、今日紹介するフライブルグ・マックスプランク免疫学エピジェネティック研究所からの論文は理解が難しいが、ショウジョウバエでX染色体遺伝子発現調節に関わるMSLコンプレックスの哺乳動物での機能を探った研究で、12月7日号 Nature に掲載された。タイトルは「MSL2 ensures biallelic gene expression in mammals(MSL2は哺乳動物でも両方の対立遺伝子空の発現を保証している)」だ。

MSL複合体が哺乳動物で働いていることは、ノックアウトマウスが致死的であることからわかるが、ショウジョウバエのように染色体での遺伝子発現量の調節に関わるかどうか明らかになっていなかった。

この研究ではまず、染色体ごとの遺伝子発現を調べられるように、異なる系統のマウスを掛け合わせたES細胞を作成、そこから分化した神経幹細胞(NPC)を準備し、MSL2遺伝子をノックアウトしたときの核染色体からの遺伝子発現の変化を調べている。

すると、約300種類の遺伝子が、正常では両方の染色体から正常に発現しているが、MSL2遺伝子が欠損すると片方の染色体だけで遺伝子発現が低下してしまうことを発見する。すなわち、片方の遺伝子発現量がMSLの働きで上昇していることがわかる。さらに、このような遺伝子の多くは、ハプロ不全、すなわち片方の遺伝子の変異が、もう片方で代償できない遺伝子であることも明らかにしている。すなわち、哺乳動物でもハプロ不全があると、それを代償すべくMSLによる遺伝子発現調節が行われることがわかる。

以上のように、MSLによるヒストンアセチル化が遺伝子発現に関わる遺伝子標的を特定した上で、

  1. MSLが欠損すると、発現が低下する方の遺伝子で、プロモーターとエンハンサーの結合が消失する。
  2. MSL依存的に遺伝子発現が上昇している遺伝子の発現調節領域にメチル化されるCGリピートが存在している。
  3. MSL が欠損すると、このCGリピートがメチル化される。

ことを明らかにしている。

以上の結果から、常染色体でも遺伝子発現調節配列の多様性の結果、片方の染色体の遺伝子発現が低下してしまう、ハプロ不全を示す遺伝子が存在する。この発現の差は、調節領域のCGリピートの違いに依存するが、この違いをMSLはヒストンアセチル化を通してCGリピートのメチル化を防ぐことで、プロモーターとエンハンサーの相互作用を維持して代償していることになる。

我々は、遺伝子の多様性を高めることで、種としての強さを保っているが、その副作用としてハプロ不全が起こる。これをショウジョウバエと同じ機構で調節することで、雑種としての強さを維持していることがよくわかった。

  1. okazaki yoshihisa より:

    哺乳動物でもハプロ不全があると、それを代償すべくMSLによる遺伝子発現調節が行われることがわかる。
    Imp:
    ご先祖様の遺伝子MSLを使いまわす!
    進化の極意。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

*


The reCAPTCHA verification period has expired. Please reload the page.