ALSは運動神経が徐々に変性して運動機能にとどまらず呼吸機能までを奪ってしまう難病だ。この病気は運動神経細胞自体の異常で変性が起こると考えられて来た。これに対し、ある突然変異型のSODを持ったマウスのALSモデルの研究から、運動神経の変性が周りのアストロサイトと呼ばれるグリア細胞がストレス刺激で炎症反応を起こし、それが神経細胞を障害していると言う仮説が支持を拡げて来た。この仮説が正しいと、アストロサイトの障害活性を抑制する事でALSの進行を遅らせる可能性が生まれる。8月11日に紹介したEgan達の論文もこの説に立ってプロスタグランジンD2の機能を阻害する事でアストロサイトの炎症反応を抑え、ALSの進行を遅らせられる事を示した研究だった。今日紹介するハーバード大学からの論文は、突然変異型のSODがアストロサイトを活性化するメカニズムを特定して治療薬を開発しようとする研究でNature Neuroscienceオンライン版に紹介された。タイトルは「An α2-Na/K ATPase/α-adducin complex in astrocytes triggers non-cell autonomous neurodegeneration(α2-Na/K ATPase/α-adducin複合体がアストロサイトで発現すると、神経障害性の変性の引き金を引く)」だ。断っておくが今日紹介する研究のほとんどはマウスモデルでの研究でヒトの病態との関わりはこれからだ。研究では最初からアストロサイトに焦点を当て、ALSが始まる頃にアストロサイトで起こる変化を追求し、α-adducinと言うタンパク質がリン酸化し、また病気の進展に関わっている事を突き止めた。Adducinは細胞骨格分子に分類されているが、Na/K-ATPaseと結合してシグナルに関わる事が知られていた。詳しい結果は割愛して一足飛びにこの研究から生まれた、ALS発症のメカニズムについてまとめると次のようになる。先ず突然変異型SOD1が細胞内でこのATPase/addicinの発現や活性を高め、細胞内でATPが異常に消費される。このため、ミトコンドリアがこれを補おうと酸素依存性の呼吸を高め、活性酸素が過剰になり、細胞ストレスがアストロサイトを刺激して局所炎症を起こし、最後に運動神経が障害されると言うシナリオになる。これが正しいとすると、最初の引き金がSOD1突然変異としても、このATPaseを抑制する事でそれ以降の経路を押さえる事が出来る。幸いこのATPaseには古くから強心薬として使われて来たジゴキシンやウアバインと言う薬が効く。マウスモデルでは、ジゴキシン投与により確かに運動神経の障害の程度を遅らせる事に成功している。人間のALSでも同じようにこれら分子の発現が上昇しているので、次はヒトの系でもこのシナリオが有効かiPSで確かめることが出来る。論文からは、この方法が万全で根治につながる効力があるようには思えない。しかし、運動神経の変性は確かに遅らせる可能性がある。ALSは極めて予後の悪い難病だった。しかし、研究者も多く、光は徐々に見えて来ていると感じている。