互いに反応し合う複数の分子によって濃度が均一に分布するのではなくパターンが生じる系を反応拡散系と呼んでいる。これについては、現在大阪大学の近藤さんが京大時代に魚の皮膚の模様のパターンが反応拡散系であることを示した研究で、我が国では広く知られるようになっている。ただ、Min皮膚のパターンを変化させることはできても、一から作ることはまだまだ難しいと思う。しかし、細胞内の反応拡散系を再現することは、試験管内に近いのでまだ可能かもしれない。
今日紹介するウィスコンシン大学からの論文は、細菌が分裂時に細胞壁を作成する中間帯を決めるために使っている MinD、MinE反応拡散系を、哺乳動物の培養細胞に導入して同じように反応拡散系が作れるかどうかを調べ、さらにそれを将来細胞操作に使えないかを模索した研究で、1月4日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「A programmable reaction-diffusion system for spatiotemporal cell signaling circuit design(時空的細胞シグナルデザインのためのプログラム可能な反応拡散系)」だ。
タイトルを読むと、すごいことができるようになったのかと思ってしまったが、実際には大腸菌の反応拡散系を哺乳動物細胞株で働かせられること、それに他のシグナル系をリンクさせられることを示した、面白いがそれほど驚く研究ではなかった。
ここで使われたのは細胞膜にアンカーする MinD・ATP が MinE と結合して MinD・ADP へと変化すると幕から離れて拡散する反応系だ。大腸菌では MinC の働きが加わって反応拡散系が細胞極を中心に起こるようにできているため、中間帯を決められるようにプログラムされているが、MinD、MinE を哺乳動物に導入するだけでは極性を持ったパターンは生じない。
代わりに細胞のジオメトリーや、MinD/MinE の濃度に応じた多様なパターンの形成がおこり、それぞれの分子に蛍光分子を結合させておくと、周期的な波が生じることが示されている。少し驚くのは、3T3 でこのような反応拡散が起こっても細胞の生存に変化がない点で、実際見られるパターンの多様性から考えると、細胞をトレースして細胞分裂等々を調べる実験も必要な気がする。
逆にこの研究では、こうしてできた多様性を細胞のバーコードとして使うことを提案している。その上で、MinDと他のタンパク質がさらに相互作用を起こす系を組み込んで、細胞内でのシグナルの分布を調節する可能性を追求している。実際、化合物を加えるとMinDにタンパク質が結合するよう遺伝子操作を行うと、新しいタンパク質は化合物を加えたときだけMinDの波と合体する。
あるいは、相分離を起こすタンパク質と結合するようにすると、MinDは相分離帯に引き込まれ、波の形成はなくなる。ただ、膜直下に相分離帯を形成できるのは面白い。同じことはフィラメントを形成するアクチンと結合を誘導する系でもみられ、化合物でアクチンと結合させると、まずアクチンがMinDの波に同化するので、ここでアクチンフィラメントを形成させることが細胞の活動にどう影響するか面白い実験ができる可能性がある。
結果は以上で、反応拡散系を導入して、それに他の細胞活性をリンクさせられることは明らかになった。ただ、その結果細胞自体にどんな変化が起こるのか全く示されていないので、今のところ将来のポテンシャルが予想できるとは言い難い。例えばMinCも導入したらどうなるのか、もう少し情報が欲しい。
1:この研究では、こうしてできた多様性を細胞のバーコードとして使うことを提案している。
2:その上で、MinDと他のタンパク質がさらに相互作用を起こす系を組み込んで、細胞内でのシグナルの分布を調節する可能性を追求している。
Imp:
細胞内チューリング反応。
BZ反応も連想しました。
ベロウソフ・ジャボチンスキー反応 – Wikipedia