胸腺でT細胞が作られる時、胸腺上皮が身体中のさまざまな自己分子を発現することで、自己抗原に対するトレランスが維持される事を示した Dian Mathis グループからの論文を、「胸腺びっくり動物園」と表現して紹介したのは2020年6月のことだ(https://aasj.jp/news/watch/19920)。この動物園は、AIRE と呼ばれる分子により決定されていることは、自己抗原を提示する動物園が成立せず、自己免疫病が起こる AIREノックアウトマウスからわかるのだが、では AIRE がどうしてそれほど多様な分子の転写に関わるのかは謎のままだった。
今日紹介する同じ Mathis グループからの論文は AIRE がさまざまな組織抗原の胸腺上皮での誘導を可能にするメカニズムを明らかにした、素晴らしい研究で3月13日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「AIRE relies on Z-DNA to flag gene targets for thymic T cell tolerization(胸腺でのT細胞トレランスに際して AIRE は Z-DNA を転写する遺伝子の印に使う)」だ。
AIRE により多くの遺伝子が胸腺上皮で発現する。すなわち転写、翻訳が行われるわけだが、この時使われるプロモーターモチーフが特定できなかったことが、メカニズムの解明が進まなかった理由だ。そこで Mathis らは転写モチーフを含む DNA配列でプレトレーニングを行った Basenji と呼ばれる AIモデルを、AIRE により転写される DNA配列でファインチューニングすることで、CA繰り返し配列と NFE2-MAF結合領域を、AIRE転写に関わる配列候補として特定することに成功している。ここでも、従来のモチーフ探索を超えるパーフォーマンスが AI に存在することが明らかになった。
次に、B6マウスと、自己免疫糖尿病マウスNOD を掛け合わせた Fiマウスで、それぞれの染色体からの転写のアンバランスが見られる遺伝子で、AIRE の標的になる遺伝子上流を詳しく調べ、AIRE転写に関わるとして特定した領域の変異が、このアンバランスに関わる事を確認し、この領域が AIRE による遺伝子発現をガイドする領域である事を明らかにしている。
あとは、どのように転写のスイッチが入るかだが、タイトルにあるように CA繰り返し配列が、いわゆる左巻きの Z-DNA 構造を形成することに注目し、この無理な構造により発生する DNA 切断が転写の開始を決める可能性を追求している。詳細は省くが、さまざまな実験から、CA繰り返し配列で実際に DNA切断が起こり、これを修復するために染色体構造が緩み、そこにトポイソメラーぜが結合することが転写のスイッチを入れる事を示している。実際、AIRE がなくても Z-DNA 構造を安定化させるだけで、低いレベルの AIRE依存的遺伝子の転写が起こる。
このように DNA切断をきっかけに弱い転写を始めた遺伝子調節領域に AIRE は結合して、転写を助ける役割がある。さらに Z-DNA の境に存在する NFE2結合領域への NEF2結合も、Z-DNA構造を維持して転写を助けるために機能している。
以上が結果で、これまで AIRE が強く結合する領域と考えて転写領域を特定する研究が進んでいたが、蓋を開けてみると AIRE が補助的だが必須の役割をしているという、予想外の結果が示された。
Dian Mathis 研の力量を感じるとともに、またまた核酸情報の解析が LLM のような AIモデルに傾斜している事を実感した。
1:AIRE がなくても Z-DNA 構造を安定化させるだけで低いレベルの AIRE依存的遺伝子の転写が起こる。
2:蓋を開けてみると AIRE が補助的だが必須の役割をしていた。
Imp:
単独であれだけの遺伝子発現調節する巧妙な仕組み。