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11月13日:ヒトゲノム解読は終わっていない(Nature オンライン版掲載論文)

2014年11月13日
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これまで紹介してきたように、ヒトゲノムが解読できたおかげで、私たちは基準として参照できる下敷きを手に入れることができた。現在次世代シークエンサーで調べた個人ゲノム配列はこの下敷きの上に並べ直すことで一つのゲノム構造へと再構築されている。こうして再構築された何千人ものゲノムがデータベースに蓄えられ、新たに読まれた個人ゲノムの個別性が判断されている。この意味で、下敷きとなる基準ゲノムがどこまで完全かを理解しておかないと、様々な間違いが起こる。実際、基準を作る時に遺伝子を大腸菌の中で増幅しているが、大腸菌が嫌う配列はそれだけで取り除かれ、基準ゲノムには反映されないことになる。すなわち実際には完全な手本があるわけではない。さらに、現在使われている次世代シークエンサーにも読める長さが短いという限界がある。このような限界・不完全性のため、遺伝子の病気が疑われているのに、全ゲノム解析で原因遺伝子が特定できない場合は数多くある。このように、現在使われている基準やテクノロジーの不完全性について頭ではわかっているのだが、次世代シークエンサーから続々生まれる輝かしい結果を目にすると、この限界をすっかり忘れてしまっていた。今日紹介するワシントン大学からの論文は、PacBioという会社により開発された、さらに次の世代の一分子シークエンサーと呼ばれるシークエンサーを用いて、私たちが下敷きとして使っている基準の不完全性をはっきりと思い出させてくれる研究で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは、「Resolving the complexity of the human genome using single-molecule sequencing (一分子シークエンサーを使ってヒトゲノムの複雑性を明らかにする)」だ。DNA一分子の配列をそのまま解読するということは、増幅が必要ないということで、現在の次世代シークエンサーより格段に長いDNA鎖を一気に読むことができる。論文を読むとなんと5000塩基対も読めるということで、現在のシークエンサーの読める長さの10−50倍になる。この研究では、母親の核が失われ、父親の遺伝子だけで異常発生してしまった胞状奇胎のDNAを調べている。このゲノムはほぼ精子のゲノムに等しいので、2本づつある染色体の片方だけ(ハプロタイプ)を調べることができる。あまりに専門的なので全て割愛するが、驚くべき結果で夢が覚めたというのが読後感だ。要するに、新しい技術を使わないと解読でないため、これまで全く検出されてこなかった遺伝子領域が20000箇所以上存在し、この中にはたんぱく質へと翻訳される遺伝子部位や、遺伝子の発現を調節している部分も多く含まれている。とすると、まず早急に下敷きとして使っている基準を改定する必要がある。この研究でこれまで繋がっていなかった部分を50箇所も埋めることができており、また40箇所についてはギャップの長さを短くできている。当面は、新しい機械で解析されるゲノムの数を増やすことが必要だろう。しかし、もう少し長い将来を見据えるなら、現在の次世代シークエンサーも、最終的に一分子シークエンサーで置き換えられるだろうと予想される。ただその時PacBioが笑っているかどうかはわからない。センサーになっている穴の中をDNAに通過させて塩基を読み取る方法の開発も進んでいる。10年先、研究室でどのシークエンサーが使われているかは予測できない。いずれにせよ、めまぐるしくイノベーションが進む分野は間違いなく将来性のある分野だ。とすると、我が国はこのイノベーションから取り残されてしまったのではと心配になる。

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