多発性嚢胞腎は遺伝的な変異で腎臓に嚢胞が形成され、経過とともに腎不全に陥る疾患で、我が国には3万人前後の患者さんがおられる。現在遺伝子診断は可能になっているが、治療する方法はほとんどない。幸い、患者さんの iPS細胞から誘導した腎臓オルガノイドに嚢胞を形成させる方法が開発され、これを用いた創薬研究が行われてきた。この分野は我が国も西中村さんや長船さんなど活発な研究が行われており、たしかレチノイン酸を用いた治験が進められているはずだ。
今日紹介するシンガポール南洋理工大学からの論文は、患者さんの iPS細胞を用いた嚢胞形成の細胞学的、生化学的解析を進めて、繊毛とオートファジーの嚢胞形成への関与を明らかにし、これに基づく薬剤スクリーニングの結果、一般的にもよく知られるケハエグスルミノキシジルが嚢胞形成を抑える可能性を示した研究で、1月4日号の Cell Stem Cell に掲載された。タイトルは「Kidney organoid models reveal cilium-autophagy metabolic axis as a therapeutic target for PKD both in vitro and in vivo(腎臓のオルガノイドモデルは繊毛・オートファジー・代謝の経路が多発性嚢胞腎の治療標的になることを試験管内および生体内で明らかにした)」だ。
創薬への iPS細胞応用を調べていたとき、見落としていたこの論文に気づき、1月号と少し古くなってしまったが面白いので紹介することにした。
研究ではこれまで多くの研究と同じで、腎臓のオルガノイド形成により、様々な多発性嚢胞腎の嚢胞形成を再現できること、この過程に細胞内 cAMP とカルシウムシグナルが関わることを明らかにしている。すなわち、アデニルシクラーゼを活性化すると嚢胞形成が高まり、カルシウムチャンネルをブロックすると嚢胞形成が抑えられる。
このシステムを用いて、さらに嚢胞形成に関わる過程を細胞学的、分子生物学的に検討して、嚢胞形成には上皮の極性の変化と、細胞増殖スピードの変化を来す様々な遺伝子発現変化によることを明らかにしている。詳細はすっ飛ばすが、なるほどこうして方法ができるのかというイメージがよくつかめる。
その上で、多発性嚢胞腎の上皮では細胞内の代謝変化に平行してオートファジーが抑えられていることに気づく。そこで、オートファジーを高めるため ATG5 を発現させると、嚢胞形成が強く押さえられる。
次に、オートファジーに関わる様々な分子が繊毛に一度集まることが知られているので、繊毛と嚢胞形成を調べる目的で、KIF3分子をノックアウトして繊毛形成ができなくした iPS細胞を用いた実験を行うと、嚢胞形成が押さえられる。このメカニズムを探ると、細胞内カルシウムシグナルが上昇し、オートファジーが上昇する。すなわち、繊毛形成を押さえることで、オートファジーが高まることで嚢胞形成が押さえられる。
この系を用いて嚢胞形成を押さえる薬剤を探すと、グルコース代謝阻害剤、メトフォルミン、ラパマイシンなどの代謝に関わる化合物が嚢胞形成を抑えることを発見する。ただ、使用濃度から治療薬として用いることはできないと判断している。
この代謝を標的にする薬剤に加えて、フォルスコリント同じアデニルシクラーゼ阻害剤の ST034307 と、毛生え薬として一般薬としても使われているミノキシジルが特定された。
この効果を調べるため、試験管内で形成させたオルガノイドをマウス腎臓カプセル内で成長させ、嚢胞を形成させるモデルを作成し、これを治療実験に用いている。この系で、オートファジーを遺伝的に高めると嚢胞形成は抑えられる。また、繊毛のできないオルガノイドでも嚢胞形成が抑えられる。そして、ミノキシジルを投与すると、嚢胞形成が半分程度に抑えることが明らかになった。
この研究ではなぜ sulfonyl-urea receptor を作動させるミノキシジルが嚢胞を抑制するのかについて完全に明らかにできていないが、結果として細胞内カルシウムの上昇とオートファジー上昇が起こっていることは確認できている。従って、詳しいシグナル経路を解明するのは難しくないだろう。
以上、ミノキシジルが嚢胞を抑えるという結果に驚いた。
繊毛と嚢胞形成を調べる目的で、KIF3分子をノックアウトして繊毛形成ができなくした iPS細胞を用いた実験を行うと、嚢胞形成が押さえられる。
Imp:
繊毛と頭毛。
どちらも毛です。