脳の神経細胞は増殖後静止期に入ると、ゲノム DNA の代謝は修復時に起こる置換だけに限られる。従って、ほとんど代謝されずに情報がしまわれているとすると、人間の場合100年近く同じ核酸がゲノム中に維持されることになる。実際、カロリンスか研究所の Frissen 研究室からの原爆実験によりできたアイソトープを用いて脳の一部の細胞で生後も増殖が続いていることを証明した研究には驚いたが、逆に言うと何十年も取り込まれたアイソトープが安定にゲノム DNA の中に維持されていることを意味している。これは核酸だけでなく、同じアイソトープを使って、脂肪組織の中には古い脂肪酸が維持されていることを Spalding グループは証明している(https://aasj.jp/news/watch/11426)。
今日紹介するドイツ神経変性疾患研究センター、戸田研究室からの論文は、RNAの中にも細胞内で代謝されずに長期間維持される種類があり、主にクロマチン維持に関わることを示した研究で、4月5日号の Science に掲載された。タイトルは「Lifelong persistence of nuclear RNAs in the mouse brain(マウス脳内の一生涯維持される核RNA)」だ。
この研究のハイライトは、RNA の中に代謝されないで長期間維持される分子があるのではと考えたことだ。そして、エチニルウリジン (EU) を生後に注射し RNA をラベル、その後1週間、1年、2年とラベルされた RNA の存在を追跡している。と、驚くことに、一部の細胞では代謝されない RNA が核内に維持され、2年間もそのまま存在するケースがあることを発見している。
主に海馬や小脳に局在し、海馬では4割、小脳では6割の細胞が一年間たってもラベルされる。ところが、皮質体性感覚野では全くラベルされない。
培養細胞をラベルして調べると、増殖するとラベルは消失するので、静止期にあるときにだけこの長寿 RNA が維持されることがわかる。
次に、どのような RNA が維持されるのか、培養細胞やラベル1ヶ月目の海馬で調べている。培養実験では1575種類の EU ラベルされた RNA が特定されている。一方、海馬では16種類しか検出できていない。従って、長寿 RNA もゆっくりは新陳代謝している可能性が高い。
さらに驚くのは、ノンコーディングもあるが、コーディング RNA が圧倒的に多いことだ。しかもクロマチン維持に関わる分子が多い。海馬の場合16種類なので、実験を繰り返しても同じ16種類が分離されるのか、さらに RNA の長さに偏りはあるかなど、長寿 RNA 発生機構はまだまだ研究が必要だと思う。
ただ、多くの RNA がゲノム内の繰り返し配列にマップされたことから、繰り返し配列を持つ RNA に焦点を当て、これらがヘテロクロマチンと結合しており、この RNA を細胞内で除去するとヘテロクロマチンの維持が低下することを明らかにしている。また、このような細胞では増殖期に移行させると DNA 損傷などが起きて細胞が死ぬことを示し、おそらく長寿 RNA はクロマチンの維持に積極的に関わることで、静止期の細胞を守っていると結論している。
結果は以上で、読んだ後、余計に疑問がわいてくるタイプの論文だと思う。考えてもいなかった現象なので当然だが、静止期にあっても神経細胞では興奮のたびに DNA 切断がおこり、修復されているので、ヘテロクロマチンと結合しているという以上の意味があるかもしれない。さらに詳しい研究が必要だと思う。
いずれにせよ、RNAワールドでは長寿 RNA が必要だった。そのためには、安定なタンパク質に守られることで、個別性が維持されたと思っているが、ひょっとしたらそんな名残が長寿 RNA から見えるかもしれない。
ノンコーディングもあるが、コーディングRNAが圧倒的に多いことだ。しかもクロマチン維持に関わる分子が多い。
Imp:
RNAは短命!
常識と思っていたので衝撃的内容です。