ガンの分子標的治療に期待が集まるのは、薬剤がガン細胞だけに作用して副作用が抑えられると期待できるからだ。そのため、多くの標的薬はガン・ドライバーとして働く変異型に特異的化合物を目指している。ところが最近になって、ガン特異的変異分子を標的にしなくても、ミスマッチ変異修復機構が欠損して、ゲノムの不安定化が生じているガンを殺す可能性が報告された。2019年 Nature に掲載された論文で、DNA複製時におこる塩基のミスマッチが修復できないガンが、WRNヘリカーゼに強く依存しているという発見に基づいている。すなわち、WRN遺伝子をノックアウトすると、ミスマッチ修復がうまくいかずに microsatellite instability (MSI) が見られるガンだけが殺される。
MSI は大腸ガン胃ガンの2割程度に見られることから、WRN の機能をブロックする化合物ができれば、MSI を示すガンを殺せることが期待できる。今日紹介するスイスのノバルティス生物医学研究所からの論文は、経口摂取可能なWRN阻害剤を開発についての論文で、4月24日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Discovery of WRN inhibitor HRO761 with synthetic lethality in MSI cancers(MSI ガンの合成的致死性を誘導する WRN阻害剤 HRO761 の発見)」だ。
WRN はヘリカーゼとしてだけでなく、様々な機能を持つことが知られている。ただ、MSI を示すガンを守る役割はもっぱらヘリカーゼ機能にあることが知られているので、ヘリカーゼ機能に必須の ATPase 活性を阻害する化合物をスクリーニングし、15万種類の中から一つだけ期待する阻害活性を示したリード化合物を特定する。後は、様々な修飾を加えて、脂質への親和性を高め、3回の修飾を経て、大きな分子量ではあるが、経口摂取可能な化合物 HRO761 を開発する。
こうしてできた化合物と WRN分子の構造解析を行うと、HRO761 が結合することでタンパク質の構造が変化してしまい、ヘリカーゼ機能が阻害されること、さらに727番目のシステインと共有結合するタイプの阻害剤であることが明らかになった。
同じ号の Nature にカリフォルニアの創薬ベンチャー Vividion Therapeutics が、WRN阻害化合物を探索し WRN阻害化合物 VVD133214 開発についての論文を発表している。重複するので詳細は省くが、この研究は最初からシスティンと共有結合する阻害化合物に絞って探索している。Ras12C変異を阻害するアムジェンの化合物もそうだが、最初からシステインとの共有結合できる化合物を狙うという創薬方法がはやってきているように感じる。
話を HRO761 に戻すと、WRN遺伝子ノックアウト、ノックダウン実験で見られた同じ効果、すなわち MSI を示すミスマッチ修復異常を示すガン細胞のみを殺す作用がある。そして作用の背景にはミスマッチ修復異常の効果が代償されることなくそのまま出てしまう、すなわち DNA切断が起こり、細胞周期が停止するが、このとき p53 が全く関与しないのが特徴になる。
後は様々なガン細胞株を移植したモデルで治療実験を行い、期待通り MSI を示すガンであれば原発を問わず、殺すことを示している。
最後に、ヘリカーゼにより DNAのらせん構造がほどけることで生じるストレスを和らげる酵素、トポイソメラーゼを阻害するイリノテカンと併用することで、理論通りより高い効果を示すことも明らかにしている。
以上が結果で、マウスの実験で投与量が120mg/Kgとかなりの量が必要なので、人間でも本当に大丈夫かなという気はするが、新しいメカニズムの抗がん剤として成功する可能性はあるとおもう。
2019年Natureに掲載された論文で、DNA複製時におこる塩基のミスマッチが修復できないガンが、
WRNヘリカーゼに強く依存しているという発見に基づいている。
Imp:
今回の論文の源流は2019年にあったんですね。
新たな抗がん標的に基ずく新薬に成長することをお祈りします。
どのタイプの細胞死を誘導するかわかりませんが、MSI(+)の腫瘍に対してpembrolizumabがかなり奏効するので併用療法に期待したいです。イリノテカンとの併用では以外に血液毒性が問題になるかもしれないなと想像します。