現役を退いてから、すでに6回以上、道東に出かけている。タンチョウヅル、オオワシ、オジロワシを中心に、様々な鳥を見ることができるからだが、霧多布岬でラッコが見られるのも楽しみだ。何度も潜っては手で貝を食ている姿は見飽きない。
さて、道具の使用が人間の歴史を作ってきたと言っていいが、人間以外にも道具を使う動物は存在する。ラッコも道具を使う仲間で、石を使って貝殻を割る個体が多く観察されている。今日紹介するワシントン大学からの論文は、カリフォルニアのラッコ196匹に追跡のための電波発信機を装着し、道具使用の必要性について調べた研究で、5月17日号の Science に掲載された。タイトルは「Tool use increases mechanical foraging success and tooth health in southern sea otters (Enhydra lutris nereis)(カリフォルニアのラッコの道具使用は力の必要な食べ物にありつき歯の健康を守るために重要だ)」だ。
今日の論文には難しい方法論はないが、ラッコについて多くのことを学べるので、気楽に読んでほしい。道具の使用を促す条件を観察を通して仔細に調べた研究で、霧多布岬で眺めた経験から考えても、観察だけで食性や歯の状態まで調べることは並大抵ではないはずだ。
まず、同じ場所のラッコでも道具使用が全体に広がっているわけではない。ラッコの歯のエナメル質は特別に堅いものをかんでも傷つかないよう頑丈にできているが、かむ力が強く、エナメルも頑丈なオスはメスより道具を使う頻度が低い。
そして、メスは硬い食べもの、すなわちハマグリや巻き貝、あるいは同じ貝でも殻が頑丈な大きな貝を食べるときほど道具の使用率が増える。一方、オスの場合は食べ物の堅さと道具の使用率に明確な相関はない。
おそらく一番大変だったのが、歯と道具使用の関係を調べることだと思う。双眼鏡でのぞいて決められるものではないので、観察途中で死亡が確認され、死体が回収できた個体について調べ、生存中の道具使用と比較している。繰り返すが、大変な研究だ。そして、オスもメスも、道具使用が多いほど、エナメルの障害が少ないことを確認している。
では何が道具使用を促すのか。オスで道具使用が少ないことから、当然硬い食べ物を食べる必要からなのはわかる。よく調べていくと、基本的には食べ物をめぐる競争がその背景にあるようで、大きな栄養分の多い貝を食べるために道具使用が促進されることは間違いない。
ただ、個体数が多い場所では、大きな貝をゲットするチャンスは低下する。そこで、もっと採りやすいが小さくて硬い巻貝にシフトして競争を避け、潜る回数を増やしてエネルギーを供給する個体が生まれる。このような場合道具使用は食べる回数を増やすために必須で、この結果メスでは巻貝を専門で食べる個体が生まれる。
以上が主な結果で、ラッコも生きていくために新しいニッチを探して、食性を多様化させていることがわかる。一方、霧多布岬のラッコの個体数は数個体と言われているので、おそらく競争はあまりないようで、残念ながら道具を使っているのは見たことがない。
何が道具使用を促すのか?
基本的には食べ物をめぐる競争のようだ。
Imp:
必要は発明の母
地球上で最初に道具を創ったRNAにも‘必要`があった?!