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7月25日 偽薬で痛みが抑えられるメカニズム(7月24日 Nature オンライン掲載論文)

2024年7月25日
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思い込みによって効果が生まれる偽薬効果は、薬がいらないということなのでうまく使えば逆に医療に使える可能性がある。そのためには、偽薬効果の脳メカニズムを明らかにする必要があるが、動物で偽薬効果の実験を構築するのは簡単ではない。

今日紹介するノースカロライナ大学からの論文は、様々な脳操作法が開発されているマウスを使って、思い込みにより痛みが軽減されるという偽薬効果実験系を構築し、この効果の脳回路を調べた研究で、7月24日 Nature にオンライン掲載された。タイトルはズバリ「Neural circuit basis of placebo pain relief (痛みを軽減する偽薬効果の神経回路)」だ。

なんと言ってもこの研究のハイライトは、再現よく偽薬効果が見られる実験系の構築だろう。少し詳しく説明すると、視覚的に区別可能な2つの部屋をしつらえ、床の温度を30℃、48℃と変えられるようにしておく。どちらの部屋も30℃だと、部屋の境が狭くても行ったり来たりする。次にマウスを最初に入れる部屋の温度を48℃にして、もう片方を30℃に設定すると、マウスは隣の部屋に移動すると痛みがなくなることを学習する。この学習のあとで、両方の部屋を48℃に設定したとき、マウスは同じ温度でももう一つの部屋へと移動し、その部屋での痛みに対する反応が低下する。部屋を薬に見立てて、うまく偽薬効果を再現している。

あとは、マウスが痛みの軽減を期待して隣の部屋への境を越えて痛み軽減を期待する過程の脳活動を様々な方法で調べている。以前思い込みによる副作用が前帯状皮質 (ACC) の興奮によることを示した論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/7527)、人間の偽薬効果の研究で ACC が最も活動することがわかっており、この研究では ACC からどの領域に投射する神経が最も重要か、TRAP法と呼ばれる活動神経を標識する方法で投射経路を調べ、橋核への投射経路が、偽薬効果を期待してもう一つの部屋に移るときに興奮することを発見する。

この回路がわかると、あとは偽薬効果を期待する時、この回路がどう活動しているかをリアルタイムで調べることができ、まず学習により活動が上昇し、このうち60%の神経が偽薬効果を期待して他の部屋に移るときに興奮することを確認している。

こうして回路が決まると、これを刺激したり、あるいは抑制したりして、この回路が偽薬効果に関わるかを調べることができる。偽薬効果実験でこの回路を抑制すると、偽薬効果がなくなり部屋を移ってすぐ痛みの反応が見られる。一方、回路を刺激すると、部屋を移ってからの痛みの反応が遅れる。

さらに、学習していないマウスで同じ回路を刺激すると、痛み反応を抑えることができるので、学習により脳回路の長期記憶が成立したと考えられ、学習させたマウスの脳スライスを用いるシナプス解析でlong term potentiation (LTP) が成立していることを明らかにしている。

また、ACC から投射を受ける橋核の細胞を single cell RNA sequencing で調べて、まさにドンピシャの細胞、すなわち麻薬に反応できるオピオイド反応性神経細胞が ACC からの投射により活性化することを発見する。すなわち、偽薬回路が麻薬と同じ効果を形成していることを明らかにする。(こんな結果を見ると、痛みですら脳の表象でしかないことを実感する。)

最後に、橋核のオピオイド反応精神系が投射して痛みを抑える領域を、自由に動くマウスの脳の活動を撮影できるミニカメラを装着して調べ、小脳プルキンエ細胞の一部の反応が偽薬効果により抑えられることを発見している。

以上が結果で、偽薬効果の実験系構築から、多くのテクノロジーを組み合わせて結論へと導く、おそらく現在のマウス脳操作実験の典型と思える研究だ。現在難治性疼痛に深部刺激が使われるが、偽薬回路の特性が明らかになることでより効果的な痛みの深部刺激治療が可能になるはずで、期待したい。

  1. okazaki yoshihisa より:

    偽薬回路が麻薬と同じ効果を形成していることを明らかにする。
    imp,
    偽薬回路まで明らかにできる現代科学。
    オピオイド以外の鎮痛治療方が開発されるかも?

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