これまで薬剤の開発が難しかった Ras に対する阻害剤の開発が、アムジェン社の K-Ras(G12C) 阻害剤ソトラシブを皮切りに加速している。しかしソトラシブの使用が始まってすぐ、ほとんどの症例で K-Ras 阻害を乗り越える耐性が発生し、効果が長続きしないことがわかった。ただ、これは K-Ras 阻害に限らず、多くのガンのドライバーを標的にする治療に共通の問題で、最も重要な課題だ。
この克服の一つの方法は、標的薬に全くメカニズムの異なる免疫チェックポイント治療を組み合わせる治療で、標的薬がガン抗原の免疫系への提示を促進してくれるのではと期待され、多くの治験が行われている。
一方で、耐性の原因を調べ、標的薬を組み合わせる方法の開発も重要だ。幸い、多くのキナーゼ阻害剤に対する耐性が、EGFR と PI3K の活性化によることがわかってきたため、これらに対する標的薬を組み合わせる治療が模索されているが、副作用の問題などで標準治療に到達できていない。
今日紹介するミシガン大学からの論文は、EGFR と PI3K の両方をうまい具合に標的にする薬剤が開発できることを示した研究で、7月11日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「A first-in-class selective inhibitor of EGFR and PI3K offers a single-molecule approach to targeting adaptive resistance(EGFR と PI3K 両方に選択的な全く新しい阻害剤はガンの適応的耐性に対する解決法になる)」だ。
この研究では EGFR 阻害剤 NVP-AEE788、及び PI3K 阻害剤 omipalisib がそれぞれの標的に結合する様態の構造解析からスタートして、最終的に両方の分子にほぼ同じような親和性で結合できる化合物 MTX-531 をデザイン、合成している。
こんなうまい話があるかと思うが、実際に EGFR 及び様々な PI3K サブタイプにナノモルレベルの親和性で結合する。もちろん、それぞれの分子に特異的な阻害剤と比べると、標的への親和性は低いが、合わせ技一本の効果を期待して、詳しい生化学的解析の後、ガン抑制効果を様々な細胞株や、患者さんから切除したガン細胞を用いて調べている。
まず、EGFR と PI3K の増幅や変異が発ガンのドライバーになっている頭頸部ガンを標的に効果を調べると、期待通り両方の分子を阻害できる MTX-531 は単独で高い効果を示す。驚くのは、マウスに患者さんのガンを植えた実験で、MTX-531 の方が、単独ではそれぞれの分子に高い親和性を示す2種類の薬剤を組み合わせたより高い効果を示すことだ。ただ、この原因については明確ではないが、後で出てくるように糖代謝への影響によるものかもしれない。
次に、多くのガンに用いられている MEK 阻害剤との併用療法で調べると、MTX-531 を加えた方が高い効果を示す。さらに、K-Ras (G12C) 阻害剤ソトラシブとの併用でも圧倒的効果が見られ、ガンによっては MTX-531 単独でもソトラシブに勝る例も示されている。
通常併用は他の標的薬が効かなくなった後で開始されると考えられるが、すでにソトラシブ治療で耐性を獲得した患者さんのガンについても効果を調べ、MTX-531 単独でも強い抑制効果がえられるが、ソトラシブ耐性になった後も併用するとさらに高い効果が得られることも示している。
この様に EGFR/PI3K 両方に効く阻害剤は期待通りの効果を示すが、しかし研究の最大の驚きは、他の PI3K 阻害剤と比べ MTX-531 がほとんど高血糖症状を示さないことだ。PI3K はインシュリン受容体の下流の重要因子で、PI3K を阻害すると当然インシュリン感受性が損なわれ、高血糖、及び代償的インシュリン上昇を示す。このため、一般の PI3K 阻害剤はケトン食と組み合わせて使わないと、効果が半減していた。ところが、MTX-531 ではインシュリン抵抗性が発生しない。
通常理解できないが、この研究ではなんと MTX-531 が弱くではあるが PPARγ に結合して、インシュリン感受性を挙げることで、PI3K が内在的に持つ問題を解決していることを示している。すでにピオグリタゾンなど、PPARγ アゴニストは糖尿病剤として開発されていることを思うと、納得するが、しかしこれほどうまい話があるのかにわかには信じがたい。
以上が結果で、一石二鳥どころか一石三鳥という話でこれから様々な Ras 阻害剤が臨床に使われるようになることを考えると、早く臨床研究を進めてほしいと思う。今回はうまい話に乗りたいと思う。
EGFR 阻害剤 NVP-AEE788、及び PI3K 阻害剤 omipalisib がそれぞれの標的に結合する様態の構造解析からスタートし、
最終的に両方の分子にほぼ同じような親和性で結合できる化合物 MTX-531 をデザイン、合成した。
Imp:
これも、なかなか衝撃的な論文でした。
1分子で同時2ターゲット治療が、コンピューターの参戦で開発可能に!
新たなパラダイムへ進化する創薬の世界。