グリオーマや転移乳ガンが、グルタミン酸受容体を介するシナプスを形成し、自己の増殖に利用することはこのブログでも紹介してきた(https://aasj.jp/news/watch/11421)(https://aasj.jp/news/watch/11416)。このように、神経とガンの相互作用を調べて、治療の糸口を見つけたいと研究が進められているが、なかなか治療法開発にまでは至らない。
今日紹介するテキサス・ベイラー医科大学からの論文もこのラインの研究で、小児に多く発生するependymoma(上衣腫)のうち、ZFTA 遺伝子と RELA 遺伝子が融合した、最も悪性タイプの上衣腫と神経 系の相互作用を調べ、セロトニン神経との相互作用により、ヒストンのセロトニン化を介する遺伝子発現抑制により腫瘍を抑制できることを示した研究で、神経とガンの相互作用の複雑性を示す研究だ。タイトルは「Histone serotonylation regulates ependymoma tumorigenesis(ヒストンセロトニン化が上衣腫の発ガン性を調節する)」だ。
この研究では ZFTA 遺伝子融合を持つ上衣腫(融合型)と、持たない良性の上衣腫の遺伝子発現を比べ、しシナプス結合に関わる様々な分子が融合型で特に発現していることを見いだし、神経との相互作用が増殖に関わる可能性を着想する。
そこで、子宮内での遺伝子操作で融合型の腫瘍を発生させ、生後上衣腫が発生するタイミングで、様々な神経を光遺伝学的に興奮させ、腫瘍増殖への影響を見ている。これまでの研究と同じで、興奮神経の活動は上衣腫の増殖を助ける。一方介在神経の興奮は増殖を抑える。
そこでさらに詳しく神経伝達因子ごとに上衣腫増殖を調べると、セロトニン神経を興奮させると、上衣腫増殖が抑えられることを発見する。あとは、セロトニン神経と上衣腫との相互作用を詳しく検討している。
これまで紹介した様に(https://aasj.jp/news/watch/22353)、セロトニンはヒストン修飾に用いられるので、この研究でもセロトニン化されたヒストンに焦点を当て、上衣腫ではセロトニン化が強く促進され、セロトニン化が起こらないヒストンを発現させると増殖が抑えられることを確認している。そして、ヒストンセロトニン化で活性化される遺伝子と探索し、上衣腫発生のマスター遺伝子ともいえる ETV5 がヒストンセロトニン化により活性化され、これが抑制型ヒストンコードを活性化させることで、上衣腫の悪性化に関わることを明らかにする。すなわち、セロトニンは上衣腫発生に必須といえる。
とすると、セロトニン神経の刺激は上衣腫のヒストンセロトニン化を促進するのに、なぜ上衣腫の増殖を抑えるのか、この辺のメカニズムはなかなか理解できない。上衣腫はセロトニンを外部から摂取するので、常識的にはセロトニン神経の活動は ETV5 を活性化してしまうはずだ。ただ、腫瘍発生後の段階では、セロトニン神経細胞によるセロトニン取り込みの競合の結果も考えられる。ただ、局所での生化学的バランスがはっきりしないので、これが働いているかははっきりしない。
代わりに、この研究ではセロトニン神経からセロトニンが供給され、それにより活性化される ETV5 が、神経ペプチドの一つ NPY の分泌を高め、これが脳全体の興奮を抑えることで、最終的に上衣腫の増殖を抑えるというシナリオを提案している。
結果は以上で、ヒストンのセロトニン化が上衣腫の発生を促進するのに、セロトニン神経興奮が上衣腫を抑えるという矛盾する現象を完全に説明できているとは思わないが、神経とガンとの複雑な相互作用が垣間見られる面白い研究だと思う。
興奮神経の活動は上衣腫の増殖を助ける。
一方介在神経の興奮は増殖を抑える。
セロトニン神経を興奮させると、上衣腫増殖が抑えられる。
imp.
神経伝達物質も腫瘍動態に大きく関わっているはず!