昨日は脳内にできた腫瘍とセロトニン神経との相互作用を研究した論文を紹介したが、これに続いて今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、乳ガンに脊髄後根から投射している感覚神経が分布すると悪性度が増して転移することを示した研究で、8月7日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Neuronal substance P drives metastasis through an extracellular RNA–TLR7 axis(神経由来サブスタンス P が細胞外 RNA による TLR7 刺激を誘導し転移を促進する)」だ。
このグループは、神経投射を誘導する SLIT2 分子が乳ガンの発生した血管内皮から分泌され、これが乳ガンへの神経投射を促し、これが乳ガンの転移を促進する可能性を明らかにしていた。この研究では、血管内皮から SLIT2 遺伝子をノックアウトする実験で、SLIT2 がないと脊髄後根からの感覚神経投射が阻害されることを確認し、あとは神経と乳ガンの相互作用について研究を進めている。
まず、転移性が異なる乳ガンをマウスに移植する実験から、転移性が高い悪性の乳ガンほど感覚神経投射の程度が高く、しかも乳ガン自体も神経細胞が発現する分子を発現して神経の様に振る舞うことを発見する。
次に乳ガン細胞のオルガノイド培養実験で、感覚神経と共培養することで転移性が低い乳ガンも転移性の高い乳ガンへと転換することを示し、神経細胞自体がガン細胞の悪性化を誘導していることを明らかにする。
逆に転移性の高いガン細胞を移植する実験で、移植組織の感覚神経を除去していこうと、転移が起こらないことも確認している。
次は、乳ガンと感覚神経の相互作用のメカニズムになるが、
- 乳ガンと感覚神経が共培養されると、神経細胞の興奮が高まり、その結果様々な神経ペプチドが分泌される。
- これらペプチドのうち、サブスタンス P (SP) は培養に加えると、乳ガンに発現している受容体を介して、悪性度を高める。また、SP を分泌できないマウスに移植すると、転移が強く抑制される。
- 人間の乳ガンでもリンパ節転移が例では、組織内の SP 発現が高い。
を明らかにする。
次は SP による悪性化のメカニズムだが、SP が直接悪性化分子を誘導するのではないため、わかりにくいところだが次の様になる。
まず SP に対する受容体の発現量が高いと、細胞死を誘導する。このため、強い刺激を受けた一部の細胞で細胞死が誘導される。こう聞くと、SP は乳ガンを殺してくれる良いシグナルに見えるが、細胞死した一部の細胞から RNA がリリースされると、これが乳ガンの TLR7 分子を介する自然免疫刺激シグナルを誘導し、その結果 PI3K-AKT という重要なシグナル経路を介してガンを悪性化させる。
細胞死なら神経投射がなくても常に起こっているのではと思われ、無理があるシナリオに見えるが、SP の刺激を抑えることが知られる、吐き気を抑える目的で使われている薬剤アプレピタントを乳ガンを移植したマウスに投与すると、乳ガンの増殖が抑えられることを示して、このシナリオに沿った乳ガンの治療可能性を示しており、乳ガンの場合末梢での神経投射がガンの悪性化に重要であると結論している。
アプレピタントは抗ガン剤による吐き気を抑えるために利用されていると思うので、ネオアジュバント治療時にアプレピタントを使用したかどうかでガンの再発を調べる調査は重要な気がする。
乳ガン細胞のオルガノイド培養実験で、
感覚神経と共培養することで転移性が低い乳ガンも転移性の高い乳ガンへと転換することを示し、
神経細胞自体がガン細胞の悪性化を誘導していることを明らかにする。
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