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読売新聞8月13日がん7000症例調査、22の特徴的変化を発見

2013年8月19日
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読売、毎日ともに、オリジナル記事をペーストする事は許されていない。必要な方は以下のURLを参照していただきたい。(http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20130815-OYT1T00274.htm)同じ研究は8月15日の毎日新聞でも「発がん原因:遺伝子異常22種 7042人分解析」(http://mainichi.jp/select/news/20130815k0000m040111000c.html)として紹介された。
   ほんの一部の例外を除いて、がんの発生には遺伝子の突然変異が必要だ。英国サンガーセンターのMichael R. Strattonのグループは、がんのゲノム上に突然変異を引き起こす過程についての数理的モデルを構築し、Cell Report紙に発表している。今回の論文はこの数理モデルを使って、7000以上のがん細胞の全翻訳領域(エクソン)を調べ(エクソーム解析)、様々ながんに見つかる突然変異の成り立ちを22のパターンに分類する事に成功した。私は数理については素人だが、そんな私でもこの論文の「売り」がこの数理モデルであることはわかる。実際、この仕事のほとんどはサンガーセンターの3人が行い、Strattonが全ての責任を負う著者である事が明示されている。
   以前に発表された数理モデリングの仕事は数式が出て来たりで、数理の苦手な私にはよくわからなかった。それでも、今回の論文は十分楽しむ事が出来た。分類された突然変異の出来かたのパターンが生物学的にもかなり理解できるように書かれている。特に、老化、APOBECや AIDなどの脱アミノ酸酵素、乳がんの原因遺伝子BRCA1/2、喫煙等々のいわゆる変異の原因と、数理モデルに基づいて決定される突然変異の出来かたのパターン、そしてそのパターンに対応して予想される分子過程などの相関がわかりやすく提示されており、大変面白い論文だった。また、どのようにがんに突然変異が蓄積するかを分類する事は、がんの成り立ちにとって極めて重要で、いずれは予防にもつながる。
   さて記事であるが、読売の記事は最悪といっていい。まず、このまま読んでしまうと今回の仕事があたかもがんに特徴的な遺伝子変化を探索しているように錯覚する。実際「各部位のがんに特徴的な遺伝子の変化を特定し」「今回見つかった22種類中、いずれか2種類以上の遺伝子の変化か起きているという。肝臓がんと胃がん、子宮がんでは、主に6種類の変化か重なることかわかった。」などと書かれると、読者はがんに特徴的な突然変異自体が発見されたように錯覚する。この仕事はあくまでも、突然変異の起こりかたの分類であり、突然変異自体ではない。記者が理解できているのかどうか、大いに反省が必要だ。
  一方毎日は、内容の点では少しはましだ。「その結果、がんを誘発する22種類のパターンを発見した」と、研究されているのが遺伝子の変異の出来かたのパターンである事ははっきり書いている。また、「各パターンと、生活習慣などとの関係を丹念に調べることで、がんが発生する仕組みの解明につながる」と、突然変異の出来かたと、それが喫煙など生活習慣と関わる可能性がある事にも触れている。しかし、「発がん原因:遺伝子異常22種 7042人分解析」と見出しを書いてしまえば最初から誤解を生む。また、「がんを誘発するパターン」と書いてしまうのもいただけない。この仕事でわかるのは、あくまでも突然変異の出来かたのパターンだ。それをがん誘発パターンと言うのは正しくない。「ネーチャー」、「ゲノム解析」、「ビッグデータ」などの常套句をちりばめれば記事になると言ういい加減さは卒業してほしい。そして両紙とも「国立がん研究センターなとの国際チームか1 5日、英科学誌ネイチャー電子版で発表する」「国立がん研究センター(東京都中央区)を中心とする国際研究チームは」などと、あたかもがんセンターがこの研究の中心であるかのように書いている。しかし、この仕事は数理モデルを考案したグループが、コンソーシアムとしてがんゲノムデータを集めて来た国際チーム(勿論両者は重なっていい)の成果を利用した仕事と言うべきで、論文にも書かれている通り、サンガーセンターが中心の仕事だ。勿論日本の研究を贔屓にしたいのはわかるが、もしStrattonのグループがこの報道を見たらどう思うだろうか。
  ここまで書いて来て、ではがんセンターからの発表はどうだったのだろうかと気になって調べてみた。とすると、「本研究は、国立がん研究センター研究所(中釜斉所長)がんゲノミクス研究分野の柴田龍弘分野長を中心とする研究チームが、国際がんゲノムコンソーシアム(ICGC)のプロジェクトの一環として進めました 」と発表している。これでは誤解を招くのも当たり前だ。そして何よりも、この研究の根幹がStratton達の数理モデルである事について全く触れていない。書かれている事がそのまま間違いであると言わないが、この様な核心をはぐらかす記者発表を行う事には捏造の根が潜む。科学者側も是非反省してほしいと言わざるを得ない。とは言え、何度も書いているが、報道側も記者発表を鵜呑みにせず、一度は実際の論文にあたればすぐわかる事だ。報道とは聞いて来た事をそのまま伝える事ではあるまい。松原事件の時に紹介した「国家を騙した科学者」を一度読んでいただきたいと再び思った。

 

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