以前述べたことがあると思うが、多くの論文を読んでいると、著者を見ずに論文を読み進むうちに中国からの論文ではないかと気づくことがよくある。気づきの原因を探ると、まず普通考えない疑問にチャレンジするのだが、なぜ常識を疑ったのかの理由がはっきりしない。研究は最新の方法を組み合わせて行っているが、実験から実験の論理が飛ぶ。そして最後がちょっと尻切れトンボで、掲載するかどうかのボーダーラインにあるなといった感じの研究だ。
今日紹介する上海交通大学からの論文は、迷走神経が空腸上皮の細胞形態を調節して脂肪吸収を減らすという研究で、著者を気にせず読んでいるうち中国からの研究ではないかと途中で著者を見て納得した研究だ。論文のタイトルは「A brain-to-gut signal controls intestinal fat absorption(脳腸間シグナルが小腸の脂肪吸収を調節する)」だ。
この研究は最初から背側迷走神経核 (DMV) の刺激で高脂肪食による肥満を防げるかという実験を行っている。通常脂肪の吸収は胆汁で脂質はミセル化され、上皮に到達するとモノグリセリド、遊離脂肪酸は拡散で取り込まれてトリグリセライドが再合成され、カイロミクロンというキャリアーに詰め込まれる。あまり神経が関わる過程は見つからないのだが、DMVを抑制すると体重が減り、血中脂質が低下、便中の脂質は上昇する。
意外な結果で面白いが、なぜ DMV 抑制実験を行おうとしたのかについての理由が、幽門胃切除術+迷走神経除去手術で脂肪摂取が低下するからと言う少し無理な論理だ。しかし面白いが、脂肪摂取が抑えられる理由は様々考えられる。例えば、当然腸の運動が阻害されるはずで、この影響などを調べる必要があると思うが、空腸を支配する DMV 特異的に、脂肪吸収が抑えられるという結果だけで押し通している。
次の実験が、延髄のスライスを使った DMT 興奮抑制実験でクズの根に含まれるフラボノイドで、中国漢方で脳卒中に使われ、神経保護材として使われるプエラリンが、DMT の自然発火を抑制することを示し、また腹腔注射、あるいは脳に直接プエラリンを投与することで、脂肪摂取を抑え、体重を減らす効果がある。
突然プエラリンが出てくるという論理飛躍があるのも特徴だが、漢方との関わりが示唆されるので中国からの研究と確信した。ちなみに上海交通大学は漢方を近代医学と統合する研究が盛んで、これまでもこのブログで紹介した。とはいえ、急に漢方と関係があるプエラリンが出てくるのには驚く。しかし、プエラリンを飲んで脂肪吸収が抑えられるならいいと思うが、残念ながら経口投与実験が行われていない。
一方で、プエラリンがなぜ効果を持つのか、プエラリンをラベルして結合分子を GABA 受容体と特定し、受容体ノックアウトマウスを用いた証明や、クライオ電顕を用いてプエラリンの結合部位を決める研究などは、力量を感じる。
最後に、メカニズムの検討に移っているが、先に述べた空腸の運動についてはほとんど言及せず、すぐに腸上皮の形態変化を電顕で調べ、上皮細胞のブラッシュボーダーを形成している微絨毛の長さがプエラリン投与など DMV 抑制により短くなっていることを発見する。
以上をまとめると、DMV は刺激により腸上皮の微絨毛の長さを維持し、脂肪吸収を高めているという驚くべき結果だが、話はここで終わり、メカニズムについてはアプローチしないまま研究は終わっている。
最初述べた全ての要素が存在する典型的な中国の研究で、プエラリンを抗肥満薬に使えるかも知らないというアトラクションまであるが、しかし、細胞の形態変化を通じて脂肪吸収を抑えるとすると、プエラリンも長期に飲んだりすると問題になる気がする。
DMVは刺激により腸上皮の微絨毛の長さを維持し、脂肪吸収を高めているという驚くべき結果
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良きにつけ悪しきにつけ、最近の中国の活躍は注目に値します。