このブログでも何度も取り上げたが、細胞内の標的分子にタンパク質分解システムをリクルートして抑制する方法が、創薬の一つの方法として利用されるようになっている。そのほとんどは標的タンパク質にユビキチンリガーゼをリクルートする方法なので、細胞内のタンパク質に限られる。
これまで細胞表面に存在するタンパク質については、細胞膜からリソゾームへとリクルートし分解する方法が試みられている。ただ、表面タンパク質が細胞内小胞へ取り込まれてからの輸送経路が複雑で、完全に分解する経路へ導くことは簡単ではなかった。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、細胞表面から常に細胞内小胞へインターナライズされ、その後また細胞表面へリクルートされるトランスフェリン受容体を用いて、細胞表面分子をリソゾームへとリクルート、分解する方法の開発研究で、9月25日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Transferrin receptor targeting chimeras for membrane protein degradation(膜タンパク質分解のためのトランスフェリン受容体へリクルートするキメラ分子)」だ。
トランスフェリン受容体に着目したのは、常にインターナライズされ膜と小胞を行き来しているという性質と、正常細胞と比べるとガン細胞で何十倍も発現が高いという性質だ。これにより、標的分子が正常細胞に発現していても、ガン細胞だけリサイクル経路で処理する可能性が出る。
そこでまず T細胞白血病細胞に発現させたキメラ抗原受容体 (CAR) をモデルとして、様々なタイプの CAR に結合するタンパク質とトランスフェリンに結合するタンパク質(抗体やリガンド)を結合させた分子を結合させ、CAR-T に加えると、細胞表面分子をトランスフェリン受容体へとリクルートし、細胞内小胞へインターナライズすることができるが、トランスフェリンと同じように一部がリサイクルされてしまって、分解されないことがわかった。
そこでトランスフェリンに結合するリガンドと、標的分子に結合する分子の間に、小胞体で働く酵素によって切断できるようにし、トランスフェリン受容体とは異なる、リソゾーム経路へ標的分子をリクルートする方法を開発し、最終的に80%近くの標的分子を完全に分解できる方法に発展させている。
次に、CAR のような人工的標的ではなく、PD-L1、EGF 受容体、CD20 など、抗体治療の標的として使われている分子を標的に同じ方法が使えるか調べ、全ての分子をリソゾームへとリクルートし分解できることを示している。
最後に、EGF 受容体に依存性の非小細胞性肺ガンをモデルに、EGF 受容体を分解できるか検討している。非小細胞性肺ガンに対しては EGF 受容体を標的にする抗体治療が行われているが、様々な変異により抗体の効果が失われる。しかし、ともかく EGF 受容体が発現しておれば分解経路へとリクルートできるこの方法は、抗体治療の効果がなくなったガンに対しても効果がある。また、EGF 受容体を発現する正常線維芽細胞にはほとんど影響がない。
最後に、EGF 受容体に対する抗体治療が効かなくなった腫瘍を移植したマウスに、この方法を試すと、EGF 受容体を分解して、ガンの増殖を抑えることを示している。
結果は以上で、臨床応用までは時間がかかるとしても、細胞表面分子をリソゾームへと導く方法開発の意義を明確に示した研究だと思う。特に驚いたのは、EGF 受容体に対する抗体と、トランスフェリン受容体に対する抗体を結合させた、彼らが TAC と名付けたキメラ分子の血中の半減期が、抗体より長く16日もあることで、治療する側から見ても使いやすい方法に成長するのではないだろうか。
がん細胞上のダンパク質が分解されることと、がん細胞の増殖が抑制されることはどのような関係があるのでしょうか。
EGF受容体の場合、ガンの増殖がこの分子の活性に依存しているので、増殖が止まります。現在、EGF受容体に対する抗体治療はこれを狙っています。ただ、この場合シグナル抑制なので、変異によって耐性がでます。一方、EGF受容体を分解してしまうと、変異が起こっている場合も増殖を抑制できます。
1:EGF受容体が発現しておれば分解経路へとリクルートできる。
2:抗体治療の効果がなくなったガンに対しても効果がある。
2:EGF受容体を発現する正常線維芽細胞にはほとんど影響がない。
Imp:
新手の創薬idea。
抗体治療の効果がなくなったガンに対しても効果があるのは興味深いです。
腫瘍細胞の増殖に寄与している表面分子が、この分解薬のターゲットになるわけですね。
例えばPD-L1にように免疫回避分子も標的になります。
別の記事にもコメントしましたが、AMLのFLT3-ITDを分解することでAMLの治療薬になりますか?
FLT3-ITDはPROTACの論文が今年のNatureに載っていましたが、今回のはそれとは違うのですかね?
Protacは細胞表面上の分子にはアクセスしにくいので使うことは少ないと思います。指摘の論文は読んでいませんが、FLT3-ITDは細胞質内に取り込まれる経路があるのかもしれません。
二重特異性抗体でトランスフェリン受容体とFLT3をつなぎ、リソゾーム経路に乗せて分解するというのはどうですか?
基本的には同じ原理です。ただ、transferin 受容体と一緒にearly endosomeに引き込まれないようにする必要があります。