T細胞は MHC に結合した抗原ペプチドを認識して活性化されるが、NK細胞のキラー活性の調節は複雑だ。私の理解の範囲で述べると、NK細胞は KIR と呼ばれる受容体を発現して標的を傷害する。ただこの KIR には抑制型と活性型が存在し、細胞内のシグナルが異なる。抑制型 KIR はクラスI HLA を認識し、刺激を受けると活性を抑える。これが、HLA-I が発現している細胞が NK細胞から守られるメカニズムになる。一方、活性化型 KIR の多くはガンやウイルス感染細胞で起こる変化を捉えていると考えられる。それぞれの KIR は数種類存在するため、その認識は極めて複雑で、しかも抑制型と活性型のバランスで反応が決まるので、理解が難しい。
今日紹介する米国コロラド大学、オーストラリア・モナーシュ大学他いくつかの研究施設が共同で発表した論文は、この複雑な NK細胞のバランスが、場合によっては HLA の多様性を大きく変化させるという面白い論文だが、KIR の複雑性から、現象の背景についてはよく理解できなかった。タイトルは「An archaic HLA class I receptor allele diversifies natural killer cell-driven immunity in First Nations peoples of Oceania(旧人類から受け継いだ一つの HLA クラスI受容体が最初のオセアニア人の NK細胞による免疫を多様化させた)」だ。
この研究ではアボリジニとして知られるオーストラリア、パプア・ニューギニアの人々のゲノムデータから、MHC と抑制型 KIR の多様性について調べている。オセアニアの原住民は、ヨーロッパ人よりずっと早くアフリカから移動したホモサピエンスだが、HLA や抑制型 KIR 分子の多様性は、他の地域のホモサピエンスと特に変わらない。
ところが、KIR3DL1 の一つのハプロタイプ KIR3DL1*114 は、他の民族と異なり、オセアニア人に広く発現されていること、そしてアフリカ人には全く存在しないことから、おそらくデニソーワ人との交雑を通してホモサピエンスに導入されたハプロタイプであることを明らかにしている。さらに、現在のオセアニア人の3割がこのハプロタイプを持つことは、急速に KIR3DL1*114 が選択されてきたことを示している。
そして驚くことに KIR3DL1*114 のホモサピエンスへ流入に伴い、HLA-A*24:02 を持つ人間がオセアニア人の多くを占めるようになっていることで、その比率はなんと46%にも達している。オセアニア人の出アフリカからのコースを辿ってそれぞれの地域でハプロタイプの頻度を辿ると、東南アジアのどこかでデニソーワ人との交雑の後、オセアニアルートで急速に KIR3DL1*114 が増大し、それと呼応して HLA-A*24*02 が上昇していることがわかる。
この共進化のメカニズムを探ると、この KIR/HLA の組み合わせが最も強い結合を示すことがわかった。すなわち、KIR3DL1*114 が導入されたことで、これに最も強く結合する HLA のハプロタイプが増加し、おそらく細胞をNK活性から守ることができる。
ただ、わからないのはここからで、その結果現在のオセアニア人はインフルエンザウイルスに対する感受性が高いことだ。研究でも、この HLA-A*24:02 にインフルエンザウイルスペプチドがが結合した複合体にも、KIR3DL1*114 が強く反応することを示している。KIR3DL1*114 は抑制型 KIR なので、当然ウイルスが感染し、HLA-A*24:02 にウイルスペプチドを提示している細胞は、KIR3DL1*114 によりNK 細胞のキラー活性から守られることになり、ウイルスへ感受性が上がる。
この結果は、確かに現在のオセアニア人がヨーロッパ人と比べてインフルエンザ感染に弱いことを説明するが、逆になぜ現在では感染抵抗性を弱めている、デニソーワ人由来 KIR3DL1*114 と、それに対応する HLA-A*24:02 の組み合わせが集団の中で広がってきたのかを説明できない。おそらく、現在ではウイルス感染性が高いことになってしまっている組み合わせも、他の観点から見ればよほどのアドバンテージがあったと考えられる。
以上、たしかにデニソーワ人由来の KIR が HLA ハプロタイプの頻度を変化させたことは面白いが、何がこの組み合わせのアドバンテージになっているかわからないと、フラストレーションだけが残ってしまう。
現在ではウイルス感染性が高いことになってしまっている組み合わせも、他の観点から見ればよほどのアドバンテージがあったと考えられる。
imp.
アドバンテージは何だったのか?