次世代シークエンサーは21世紀の幕開けに販売が始まり、瞬く間に生命科学を変えている。それ以前のシークエンサーを用いて行われたヒトゲノム計画はおそらく千億円単位の費用がかかった国家プロジェクトだった。ところが、次世代シークエンサーが生まれ、さらに改良が進むことで、ヒトゲノムは我々個人の手の届くところに近づきつつある。事実、2004年にアメリカは1000ドルゲノム計画をスタートさせ、ゲノム情報をを研究室から個人へ移行させようという流れを演出した。このプロジェクトで次世代の次の世代を担うと思われる多くのテクノロジーが生まれた。特に現在最も使用されているシークエンサーが長いDNAを読めないという問題点を解決した一分子シークエンサーと呼ばれる機器は、例えばPacBioの機器のように普及が始まっている。ただ従来型であれ、一分子シークエンサーであれ現在市場に出回っている機器は、誰もが想像するように、大型機器で研究室の一角に鎮座して堂々とした存在感を示すというのがイメージだ。これに対し、今日紹介する英国の公衆衛生局からの論文は、MinIONと呼ぶまさにイノベーションというべき使い捨て携帯シークエンサーを使ってみたという研究で、12月8日号のNature Biotechnologyに掲載されている。タイトルは、「MinION nanopore sequencing identifies the position and structure of a bacterial antibiotic resistance island(MinIONナノポアシークエンサーは細菌の抗生物質耐性部位の位置と構造を特定する)」だ。言葉だけでは難しいのでぜひナノポア社のサイトでこのシークエンサーがどんなものか見て欲しい(https://nanoporetech.com/technology/the-minion-device-a-miniaturised-sensing-system/the-minion-device-a-miniaturised-sensing-system)。機器として必要なのは普通のパソコンだけで、あとは使い捨てUSBメモリーぐらいの大きさのシークエンスのフローセルがあり、これは使い捨てだ。これだけで破壊的なイノベーションだということがよくわかる。研究では現在のシークエンサーが苦手とする抗生物質耐性部位を特定するのに役に立たないかを調べている。要するに、明日から普通のシークエンサーとして使うにはまだまだ早い。しかし、技術を育てる意味で現在のシークエンサーと組み合わせば、特徴を十分活かせるという結論だ。実際、一番良い条件でもシークエンスの正確さは8割しかない。ただ、簡便であること、短い時間でいいこと、そして何よりも平均5kb、時によっては10kbを越す配列を読みだしてくれるという、独自の特徴はある。詳細は全て割愛するが、この論文の結論も、「目的を選べばなんとか使える。短所を指摘するより、長所を生かして使ってみよう」だろう。しかし、説明を読むと、自分の家でもシークエンスが可能かもしれないと思わせるイノベーションだ。問題があっても製品として世に出して育てていく。イノベーションにはこういった長期的視野が大事だ。