バイオミメティクスという分野があり、生物の持つ機能や構造から学ぶことで、新しい技術を開発しようという分野だ。私は工学は自然科学の僕ではなく、人間の側から物を考える学問だと思っている。進化では車輪は生まれなかったが、人間の都合から考えることで車輪が生まれた。とはいえ、必要があっても、常にそれに応えるいい考えが出るわけではない。無駄な時間を費やすより、38億年の進化から生まれた構造や機能から学んでそれを応用する方が早道なことはある。先週Natureオンライン版に広い意味でバイオミメティクスと呼んでいい論文が2報掲載された。一方はクモ、もう一方はトンボに学ぼうとしている。今日明日と、この2報を紹介する。今日紹介するのは国立ソウル大学からの論文で、タイトルは「Ultrasensitive mechanical crack-based sensor inspired by the spider sensory system(クモの感覚系からヒントを得た割れ目を利用した超高感度センサー)」だ。最初クモの感覚器の話かと思って読み始めたが、実際にはセンサー開発の論文で、正直完全に理解できなかったことも多い。特に原理についての理論的考察は苦手な数学が出て困った。しかし、内容は理解できたと思っており、その範囲で紹介する。さて、メカノセンサーと呼ばれる圧力や振動を感じるセンサーが様々なところで必要になっている。例えばマイクロフォンがそうだが、高い感度で、ノイズに強く、折り曲げが可能なセンサーの開発はまだ難しいようだ。一方、クモは網にかかった虫の小さな振動をいち早く察知できる。そこで、クモの足に備わっているメカノセンサーを調べてみると、なんと工学的には想像できなかった端がギザギザの割れ目がはっしっていることに気がついた。これを材料として実現するため、フレキシブルなアクリルポリウレタンの上にプラチナ箔を合わせ、そこに割れ目(クラック)を作成する方法をまず開発している。その技術を基礎に割れ目の走ったプラチナ箔の伝導度を測ることで、圧力センサーと振動センサーの両方の機能を持ち、その上を歩くてんとう虫の振動を十分感じられるセンサーの開発に成功している。こうしてできたセンサーを、バイオリンの胴体の振動、首に装着して声帯の振動、腕に装着して心拍数と脈波、微笑流量センサー機能などの応用で調べている。理論的には完全に理解できないが、クラックが振動で付いたり離れたりすることで起こるコンダクタンスの変化を拾うことで、ノイズに強いセンサーが開発できていることは明らかだ。バイオリンの音を拾ったシグナルから再現しているビデオがあるが、広い音域を全部拾うことはできていないが、それぞれのセンサーの特性にあった周波数については極めてシャープに音が再現できていると思う。他にも、拍動数と脈波を身につけたまま連続測定できるのも優れものだ。アイデアがあればいろんな面白い製品に繋がる気がする。工学の論文もなかなか面白い。一方私の立場で見ると、クラックを使うセンサーがどう進化してきたのか、興味が尽きない。新しい意味で、基礎研究と工学研究が相互作用することができるような気がする。さて、明日はトンボだ。