ノーベル賞を受賞したあと研究が加速する研究者を何人か思い浮かべることができるが、大事なことはバリバリの現役時代に受賞することと、十分な研究の蓄積が揃っていることだと思う。受賞後さらに生産性が上がって現在も論文が出続けているというと、2014年にグリッド細胞の発見で受賞したMozer 夫妻、2020年 CRISPR で受賞した Doudna さんがまず思い浮かぶ。ともかく論文を目にする機会が今も多い。
おそらく今年ノーベル化学賞を受賞した David Baker さんも、ノーベル賞で研究が加速したと言われる一人になると思う。今日紹介する Bakerさんの研究室からの論文は、10年以上にわたる蓄積の上に自然にはないタンパク質を設計し、それを組み合わせて5角形の面の周りに6角形の面が集まって形成された多面体がデザインでき、それをウイルスのように細胞内へ届けることができることを示した研究で、12月18日 Nature オンラインに掲載された。タイトルは「Four-component protein nanocages designed by programmed symmetry breaking(4コンポーネントからなるタンパク質ナノケージは対称性の破壊をプログラムすることでデザインできる)」だ。
Baker さんの論文は、それ以前の論文が頭に入っていないとわかりにくい。逆に言うと、それだけ多くの蓄積の上に新しい研究が可能になっている。この研究も10年以上にわたってウイルス粒子のようなタンパク質でできたケージを設計する研究に基づいている。このような高次構造形成できるタンパク質に学びながら、それに最適なタンパク質を設計する必要がある。先行する論文から、3本の手が出ている構造のタンパク質を単位としてできる5角形の面が集まった多面体構造に、少し構造が異なるがおなじように3本の手が出ている彼らが疑似対称性と呼ぶタンパク質を組み合わせると、5角形面の周りに6角形面が集まる形の多面体が形成されることを発見している。3本の手が出たブロックを使うことと、疑似対称ブロックを組み合わせる点がこれまでの Baker さんの研究から大きく進展した点だ。
先行研究では自然のタンパク質ベースにブロックを作っていたが、この研究では目的とする構造を実現できるタンパク質を設計している。このために、2年前に Science に Baker さんたちが報告したProteinMPNN と名付けられたタンパク質の構造要件を入れると、それを可能にするアミノ酸配列が出てくる AI モデルを使っている。言ってみればアルファフォールドの逆を可能にするモデルで、人工アミノ酸設計には必須のツールになる。
このように、この研究を可能にした蓄積の上に、数個の3本の手を持つタンパク質ブロックを設計し、大腸菌で発現させたタンパク質を混ぜ合わせたとき、期待通りの反応が進むかをクライオ電顕で確かめ、最終的に目的の20面体が形成できることを確認している。
最後にこうしてできた20面体が熱や pH の変化に抵抗性であることを確認した上で、細胞内に取り込まれるための分子を加えた構造を設計すると、ウイルスのようにほとんどのナノ粒子が細胞内に取り込まれていることを示している。
以上が結果で、ほしい構造からアミノ酸配列を設計し、またタンパク質ブロックが集まったときの構造を設計する新しいモデルを完成させ、ほぼウイルスと言っていいぐらいのナノケージを作るところまで可能になってしまった。生体投与は免疫の問題があると思うが、試験管内であればこれまでとは異なる分子導入ツールとして使えると思う。しかし、そんな応用より、新しいタンパク質を設計できることが感動的で、次はどんなタンパク質が生まれるのか待ち遠しい。
熱や pH の変化に抵抗性であることを確認した上で、細胞内に取り込まれるための分子を加えた構造を設計すると、ウイルスのようにほとんどのナノ粒子が細胞内に取り込まれている!
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