今年の11月、染色体外に飛びだして環状 DNA として存在するようになったガン遺伝子が多くのガンで認められ、増殖を促進するだけでなくガン免疫の成立を抑制するなど様々な機能を発揮して、ガンの治療を難しくしていることを紹介した。(https://aasj.jp/news/watch/25571)。ただ、これまでの染色体外 DNA の研究は、すでにガンになった細胞について研究されてきたため、染色体外 DNA の形成自体が、発ガンを促進しているという明確な証拠はなかった。
今日紹介するスローンケッタリングガン研究所からの論文は、正常細胞に人為的にガン遺伝子を含む大きな染色体外 DNA 形成を誘導し、これが実際に発ガンに関わることを証明した研究で、12月18日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Engineered extrachromosomal oncogene amplifications promote tumorigenesis(遺伝子操作で染色体外発ガン遺伝子を増幅させると腫瘍形成が促進される)」だ。
この研究のハイライトは、皆が当たり前と思っていた発ガンと染色体外 DNA の関係を、ガン遺伝子を含む大きなゲノム領域を遺伝子操作でゲノム外に切り出して環状化することで、検討し直したことにつきる。論文を読むと、これまでどうしてこのような研究が行われなかったのか不思議な気がするぐらいだ。
研究では、p53 機能を抑制することが知られている MDM2 遺伝子領域を遺伝子操作して、Cre 組み替え酵素が働くと、MDM2 を含む 1Mb の大きな染色体外 DNA が形成され、さらにこの操作でできた染色体外 DNA を蛍光マーカーで追跡できるようにする方法を確立している。
この遺伝子操作法の有効性と、その結果生まれた染色体外 DNA が勝手に増幅する傾向にあることを、まずガン細胞株で確かめた後、MDM2 や Myc など、これまで染色体外 DNA として遺伝子増幅が起こっていることがよく知られた遺伝子が、正常細胞で染色体外 DNA として切り出されたらどうなるかを調べている。
まず、Cre 組み替え酵素を導入することで、Myc を含む 1.7Mb の染色体外DNAを誘導できるマウスを作成し、正常神経幹細胞を誘導する過程で染色体外 DNA を誘導し経過を追跡すると、時間経過とともに染色体外 DNA が増幅を繰り返すこと、しかも遺伝子増幅だけでなく複数の染色体外 Myc-DNA が染色体外でエンハンサー複合体を形成し、転写が高まることを示している。おそらく、正常細胞で染色体外DNA を誘導し、これにより遺伝子増幅が起こることを示した最初の例と言える。
次に、染色体外 MDM2−DNA を誘導できるマウスから線維芽細胞を培養し、Cre 組み替え酵素で染色体外 DNA を誘導すると、やはり MDM2 の遺伝子増幅が起こり、その結果線維芽細胞が不死化すること、さらに変異 HRAS 遺伝子と組み合わせると脂肪肉腫が形成されることを示し、正常細胞で MDM2 が染色体外 DNA として切り出されるだけで、増幅が始まり、細胞の増殖を促進し、最後にガン化を促すことを明らかにしている。
最後に、Myc 遺伝子を強発現したトランスジェニックマウスで MDM2 を染色体外 DNA に切り出すことで、Myc 強発現だけでは発生しなかった肝臓ガンが多発することを確かめている。
以上、誰もが想像していたことだが、染色体外で自発的に複製できる、ガン遺伝子をコードした染色体外環状DNAができるだけで正常細胞でも遺伝子増幅が始まり、他のガン遺伝子が加わると発ガンを促進することが初めて証明された。
幸い、染色体外で勝手に増え始めた環状 DNA は、細胞自体のストレスにもなるので、今後この系を利用して、染色体外ガン遺伝子を持つガンの新しい治療法を探索できるのではと期待する。