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12月17日:心筋梗塞の遺伝因子(Natureオンライン版掲載論文)

2014年12月17日
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心筋梗塞というと生活習慣の要素が多いと考えるが、双生児の研究から、50歳以前に起こる症例の場合、遺伝的要因の寄与も大きいことが知られている。中でも、10年ほど前にGoldsteinをはじめいくつかのグループによって、LDL(低比重リポプロテイン)遺伝子の特定の変異が心筋梗塞の危険因子であることが示され、我が国でも健康診断の重要項目になっている。その後多くのSNP解析が行われ複数の多型が心筋梗塞危険因子として特定され、遺伝子解析サービスでも使われている。ただ、SNPだけからリスクを計算しても、なかなか一般の人にその意味を伝えることが難しい多型がほとんどだ。今日紹介する論文は従来の研究と特に変わるところはないが、初めて多数の患者さんについてタンパク質に翻訳される全遺伝子の配列決定(エクソーム解析)を行った点が特徴で、この研究で特定された多型は確かに一般の方に説明がしやすいと思う。研究は多数の国の参加したコンソーシアムにより行われ、実に1万人近くの若年性の心筋梗塞患者さんの全エクソーム解析を行った論文で、Natureオンライン版に掲載されている。タイトルは「Exome sequencing identifyies rare LDLR and APOA5 alleles conferring risk for myocardial infarction (エクソーム配列決定によりLDL受容体と、ApoA5 遺伝子の突然変異が心筋梗塞の危険因子として特定された)」だ。この仕事のポイントは1万人もの若年性(男性50、女性60歳以前)心筋梗塞患者さんのエクソーム配列を決めたという一点にあるだろう。今後このデータは、全ゲノム配列決定、情報処理技術の進展などで、さらに重要度を増していくと思う。このように総合的に解析を進めることで、これまで得られているSNP解析の結果も配列レベルで再検討できる。ただ、これだけ多い人数になると、エクソームでも情報処理が大変そうだ。その意味でこの研究では論文にすることが優先され、情報処理が比較的容易な生物学的意味がはっきりした変異の特定に集中している。その結果、疾患に結びつく変異が特定された遺伝子として、ようやくLDL受容体とAPOA5遺伝子の変異リストできたという常識的な結果で終わっている。具体的にいうと、APOA5の機能異常を引き起こすと思われる変異が患者さんでは93種類発見されており、そのうちの30近くが患者さんだけで見つかる。一方、LDL受容体ではさらに明確で17種類の患者さんだけに見られる変異が特定され、その中には同じ変異が5人の患者さんで見つかっているものもある。もちろん、LDLはすでに動脈硬化、心筋梗塞の危険因子として重要な検査項目になり、健康診断で使われている。また、APOA5の突然変異は血中のトリグリセリドを上昇させることで心筋梗塞の発症を助けているようだ。従って、血液検査から十分リスクを把握することができる。話はこれだけで、たいそうな研究の割には常識的なすでに知られている結果で終わったように思える。ただ、このデータ自体が今後重要なデータとして利用されることは明らかだ。まず、今回発見された突然変異に関しては、個人ゲノムサービスでその意味をはっきり伝えることができる。様々な病気に関してこのようなフォローアップがあって初めてゲノムサービスも生きてくる。また、すでに述べたように、さらに高いレベルの解析が進むと、予想もつかなかった発見があるかもしれない。その基盤を作ったという点では高く評価できる。我が国でもミレニアムプロジェクトで疾患のゲノム解析が大規模に行われた。これはSNPアレーを用いる研究が中心で、実際に多くの疾患遺伝子に関する論文が我が国から発表された。しかし、今雑誌を見ていると、同じ患者さんを、次はエクソーム、次は全ゲノムと言う形で、新たな技術を適用して調べる体制ができていなかったようだ。しかしそれを後悔したり非難しても何も変わらない。今からでも遅くない。もう一度体制を立て直すことを真剣に考えるべきだと思う。

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