医療分野へのAI野大規模言語モデルの導入は着々進んでいる。特に期待が持てるのが、これまで専門家に頼らざるを得なかった診断分野への導入だ。特に病理診断に関しては多くの論文が発表されており、徐々に実用化が進むと期待できる。これ以上に大きな期待を集めるのが、以前紹介した AlphaMissense による遺伝子変異の機能的意味を教えてくれるモデルで(https://aasj.jp/news/watch/22948)、特に我が国で遅れているゲノム診断の一般診療への普及を後押しできるのではと期待する。
とはいえ、AlphaMissense は分子構造をベースに変異を判断しているので、特定の変異の最終的な機能的意味を示すことはできない。このギャップを埋めるためには、多くの変異症例を集めるのと細胞レベルであらゆる変異の分子機能へのインパクトを調べる必要がある。
今日紹介する米国ガン研究センターからの論文は、変異により乳ガンのリスクが大きく上昇することが知られている BRCA2 遺伝子の一定の領域で起こりうる全ての変異を網羅的に導入し、各変位の機能を細胞学的に確かめた大変な研究で、1月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Saturation genome editing-based clinical classification of BRCA2 variants(飽和的遺伝子編集を用いて BRCA2 変異の臨床的分類を行う)」だ。(同じ Nature にメイヨークリニックからほぼ同じ内容の論文が発表されている。)
この研究は、BRCA2 遺伝子で起こりうるほぼ全ての変異を再現して、その機能を調べるという途方もない課題にチャレンジしている。このために、BRCA2 遺伝子を一つだけ持つ ES 細胞を用いて、この遺伝子の 2479−3216 領域 (CTDB ドメイン)に、原理的に入りうる全ての1アミノ酸変異を含む変異を導入している。
このような網羅的変異導入のために、筆者らが Saturation Genome Editing と呼ぶ方法で、CRISPR/Cas9 で切断を入れた後、同時に存在させるデザインされた変異を持つ DNA 断片と相同組み換えを起こさせるという、大変な方法で6000種類もの BRCA2 変異を持つ ES 細胞を作成している。
ES 細胞は BRCA2 遺伝子なしでも生存するが、DNA が障害を受けると修復が起こらず死滅する。これを利用し、6000種類の遺伝子変異を導入した ES 細胞集団に遺伝子障害を誘導するシスプラチン有り無しで培養し、シスプラチン無しで維持されている変異(基本的には全ての変異は生存に影響がない)と、シスプラチン添加後14日に維持されている変異( BRCA2 機能が正常に保たれる変異)を比べることで、消失あるいは減少した変異( BRCA2 機能に影響する変異)を特定している。簡単に書くのがはばかられるほど大変な実験だと思うが、このおかげでスプライス異常などの大きな変異だけでなく、1アミノ酸塩基の変異に至るまで機能的インパクトを決めることができている。
さらに、14日後に残っている変異遺伝子の割合から、機能的インパクトを定量化することもできている。その結果、高度、中程度、ある程度病理的から、不明、大丈夫と思われる、ほぼ大丈夫から、大丈夫まで変異を分類することに成功している。
調べられた6000のうち、4724は正常で、高度に病理的と判断されたのは1200程度に収まっている。また、高度に病理的と判断された変異は、BRCA2 分子のヘリカルドメインにほぼ集中していることもわかった。
重要なことは、これまで評価された変異について情報を提供している ClinVar と比べて、不明という変異が大幅に減少した点で、最終的に不明として残ったのは353にとどまった。
さらに重要と思われるのは、先に紹介した Google AlphaMissense などのコンピュータ予測との比較で、明らかに ES 細胞での機能検査と一致しない変異が存在するものの、概ねよく一致している点で、大規模言語モデルもさらに改良を加えることで、安心して使える様になると予測できる。
他にも臨床例との比較など、今回の結果を徹底的に検証しているが割愛する。ここまでしてリアルワールドの機能にこだわったデータを示すことで初めて、バーチャルな AI の利用が可能になることがよくわかる重要な論文だと思う。
実験としては重労働が要求されるように思う。この実験が手作業で実施されたのかある程度自動化された環境で行われたのか聞いてみたい。後者なら、日本も基幹研究施設にはマススクリーニング用に導入した方が役立つと思う。
クローン化は全くせず、統計的に決めていくので、ガイドと組み替えDNAを作成するのに時間と金がかかりますが、昔の様に人手はいらない様に思います。
これまで評価された変異について情報を提供している ClinVar と比べて、不明という変異が大幅に減少した点で、最終的に不明として残ったのは353にとどまった。
Imp:
遺伝子変異と機能のひもずけ!
パネル検査の結果を見ていつも感じますね。