腫瘍細胞に選択的に感染して細胞死を誘導できる腫瘍溶解ウイルスは、100%の感染率到達が難しいことやホスト側の免疫反応でウイルスが抑えられることから、アイデアはいいのだが根治には繋がらないとして一時廃れていた。しかし、ガンに対する免疫のパワーが認識されるようになった今、一部の腫瘍を溶解して免疫を誘導し残りを抑えるという戦略が示され、再評価されるようになっている。
今日紹介する中国広西医科大学を中心とする研究施設からの論文は、鳥類には致死的なのに人間には殆どかからないニューカッスル病ウイルス (NDV) を用いて、末期のガンの進行が抑えられることを示した研究で、中国臨床研究のダイナミックな力を感じさせた。タイトルは「Hyperacute rejection-engineered oncolytic virus for interventional clinical trial in refractory cancer patients(超急性拒絶をエンジニアした腫瘍溶解ウイルスを通常の治療に反応しないガン患者さんの治療に用いる)」で、1月17日 Cell にオンライン掲載された。
NDV は鳥に感染すると致死的なウイルス感染症だが、養鶏家で暴露しても症状は殆ど出ない。これは、NDV 感染に必要な αGal の発現に関わる酵素が欠損しているからだが、この酵素がなくてもガン細胞では糖鎖の発現が高まりさらにNDV増殖を抑えるインターフェロン応答が抑えられているため、NDV が増殖し腫瘍溶解することが発見された。ただ、これまでに行われた治験では、思ったような効果が得られていない。
この研究では NDV にヒトが失った α1,3GT 遺伝子を導入して、ガン細胞だけに αGal を発現させて持続的にウイルスにかかりやすくするだけでなく、αGal に対する私たちの自然抗体を利用してガン細胞を補体依存的に殺してしまえるのではと考えた。というのも、私たちは腸内細菌などを通して αGal に対する抗体を高いレベルで維持している。従って、腫瘍で増える NDV によりついでに αGal が発現すると、すぐに抗体と補体が作用して、短時間に腫瘍を溶解することが期待される。そして、これにより局所に血小板活性化因子が遊離され、塞栓症が起こり、局所の腫瘍の崩壊を高めるとともに炎症を通して最終的にホストのガン免疫を高めると期待される。すなわち、時間単位の反応からウイルスによる溶解、さらに組織の再編成、そして最後にホスト免疫という何十もの攻撃軸を構築できると考えた。
以上はもちろん絵に描いた餅だが、これを証明するため、なんとサルの肝臓細胞を CRISPR/Cas を用いた遺伝子ノックアウトでガン抑制遺伝子を壊し、ガンを発生させるモデルを作成し、これを GT 導入 NDV (NDV-DT) で治療できるか調べている。すなわち、人間に近いサルの肝臓ガンの治療実験を行うという、極めてストレートなアプローチだ。
結果は、サルに発生した肝臓ガンは NDV だけで一時は良くなるが必ず再発する。しかし、NDV-DT を投与すると、完全に治療できることがわかった。しかも期待通り、最初の溶解や血栓を含む組織反応から免疫細胞の増加まで期待通りのコースをたどる。ただ、ガン免疫については、抗原特異性まで調べていないが、ともかくガンが長期に抑えられているのでよしとしている。
その上で、様々な、治療が難しい末期ガンの患者さんに投与する治験へストレートに進んでいる。この治療は、ガン患者さんの静脈に NDV-DT を週1回3ヶ月にわたって投与するだけで、他の治療は行っていない。
結果だが、90%のヒトに一時的にもガンを抑える効果が見られている。また、40%近くはガンの縮小が見られ、残りは病気の進行を抑えることができている。最終的に半数は再発したが、3割以上の患者さんが2年以上生存しており、大きな効果が得られたと言える。
他にも完全にガンが消えた症例など、いくつかの臨床例が示されているが、要するに絵に描いたように結果が得られたと言える。
最初からサルのガンモデルを用いるなど、中国の臨床研究の力強さが感じられる研究だと思う。
1:90%のヒトに一時的にもガンを抑える効果が見られている。
2:40%近くはガンの縮小が見られ、残りは病気の進行を抑えることができている。
3:半数は再発したが、3割以上の患者さんが2年以上生存しており、大きな効果が得られた。
Imp:
腫瘍特異的にNDV-DTは感染するのか?
反復投与されてますが、NDV-DTへの中和抗体は生じないのか?
気になります。
不思議なことに、ガンだけで感染することが他のグループからも報告されています。もちろん、正常細胞もかかると思いますが、実際には結膜炎とか風邪様症状で終わります。
中和抗体も見ており、これも不思議なことにほとんど出ていません。