哺乳動物の2本あるX染色体からの転写は、片方だけに起こる X染色体不活化という現象で、量の調節が行われている。これは X染色体で転写される Xist と呼ばれる RNA が、染色体全体に広がってクロマチンの構造変化の核になり、染色体を閉じてしまうからだ。一方で、もう片方では Tsix と呼ばれる Xistアンチセンスによって Xist転写を抑えてクロマチンをオープンに保っている。
こう説明されるとわかった気になるのだが、しかしうまい具合に Xist が片方の染色体だけに広がって行くのか考えてみると、この説明だけでは本当は理解できていないことを思い知る。この点について GPT-4 に聞いても、満足いく答えは得られない。
今日紹介する中国精華大学とハーバード大学からの共同論文は、Xist が結合する HNRNPK分子が相分離の物性の調節を通してこの謎のチャレンジした面白い論文で、1月16日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「A biophysical basis for the spreading behavior and limited diffusion of Xist(Xistが片方の染色体に広がり他に拡散しない生物物理的基盤)」だ。
この研究はもともと相分離して核内に散在する HNRNPK分子が Xist と結合することで物性が変化することが、Xist の染色体全体への移動とともに他の染色体への拡散を抑制するのではと着想し、主に相分離体の物性を調べる極めてエレガントな方法を駆使して、この可能性を証明している。その上で、相分離に必要な部位が欠損した HNRNPK分子を持つ ES細胞を用いて、この過程が実際の X染色体不活化過程で起こっていることを証明している。ただ、実験が極めてプロフェッショナルなので、全て割愛して最終的に見えてきた染色体不活化過程について以下に説明する。
- HNRNPK が欠損すると不活化が行われないことは知られているが、HNRNPK自身は相分離体を作り、核内全体に散らばっている。従って HNRNPK相分離だけでは染色体選択制は説明できない。
- HNRNPK は Xist の repeatB (RepB) 部分と結合する。従って、Xist の転写が始まった方の染色体では Xist が HNRNPK相分離体に侵入する。
- この反応により、それまで比較的剛性が高い HNRNPK相分離体が柔らかく広がりやすくなる。また、Xist と HNRNPK はそれぞれで引っ張り合う力があり、この相互作用が柔らかくなった HNRNPK相分離体を、染色体にできている隙間を通って全体に広げる。
- Xist は、ポリコム分子など閉鎖型染色体を形成する様々な分子溶け都合するが、このとき相分離体はこれら分子を統合するトラップの役割を果たす。
- また、この過程で核内で形成されていた染色体の立体構造も変化し、不活化される染色体各部位が混じり合って染色体をコンパクトな塊に仕上げる。
以上がシナリオで、よくまあここまでうまくできているなと言う印象だ。しかし、これだけの複雑な相互作用が突然できてきたわけではないので、哺乳動物進化での X染色体不活化のメカニズムのルーツを探る研究はこれからも続いていくと思う。
相分離は外界からシステムを独立させてくれるし、分裂することも可能な存在で、その理解は分子進化とともに、おそらく太古の昔 RNAワールドを理解する鍵になると想像している。その意味で、この研究は示唆に富む。
相分離は外界からシステムを独立させてくれるし、分裂することも可能な存在!
Imp:
細胞内機構の要=相分離