研究者にとって独立した自分の研究室を持つことが最も重要なゴールだ。現在では大学も若手に独立ポジションを提供する様々な仕組みを備えてきたが、私たちの時代は教室の教授の理解を得て独立で研究することはあったが、基本は教授=独立だった。また、様々な独立ポジションが設定されたとしても、各大学で最も大事なのは教授選考であることに変わりはない。
今日紹介するアイルランドコーク大学を中心とする国際コンソーシアムからの論文は、教授選考に限ってどのような指針で行われているかを、世界中の大学に在籍するコンソーシアムのメンバーから集め、比較を行った研究で、1月22日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Regional and institutional trends in assessment for academic promotion(アカデミックプロモーションのための評価に関する地域的、機関間のトレンド)」だ。
メンバーに呼びかけて、公式な選考指針だけでなく、各選考時の非公式な指針も集めて、教授選考に何が重視されるかを調べている。ただ、公式であれ、非公式であれ、書かれた指針がどれほど重視されているのかと考えると、この研究のデータ集めの手法自体に問題があるように感じた。というのも、熊本大学、京都大学、理化学研究所と3機関で何回も教授選考に関わったが、書かれた指針を熟読して人事に当たったという記憶は全くない。コンプライアンスに欠けると言われるかもしれないが、特に選考委員会のメンバーとして選ばれた場合は、大学のレベルを少しでも上げたいという強い意志の元、公募だけにとらわれず、いい人に来てもらうためのあらゆる努力をした。それを考えると、書かれた指針を集めても本当の実態は見えてこないように思う。できれば、実際の選考過程をヒアリングなどを通して調べないと選考の基準は見えてこない。
結局この研究での結論は、教授選考の指針としては、論文などの業績、社会での認知度、キャリア、影響力などが重要な要素だが、
- 論文などの業績はグローバルノース各国と比べると、グローバルサウスの方で重視される傾向がある。すなわち、研究でリードしている国ほど業績だけで決めない。
- それぞれの地域でも、指針は極めて多様。
- 専門領域間で、選考基準の違いはあまり大きくない。
など当たり前の結果で終わっている。その意味で、Nature に採択されているからと、この論文を基盤に世界のトレンドを図るのは問題があると思う。
そこで、今日は論文紹介はこれぐらいにして、教授選考に関する個人的経験を述べて終わる。
現在どうなっているかわからないが、京大医学部教授会の人事では、選考委員会で最終結論を出さずに、2-3人の候補者に絞り、後は徹底的に議論するという方法だった。従って、専門外の教授でも勇気をふるって説明がよくわからないと表明して、選考を差し戻すことができた。もちろんこのような例は殆どなかったが、それでも専門外をとことん理解するため、議論は深夜に及ぶのが普通で、人事のある日はサンドイッチが出た。どの学部でも様々な専門が存在するが、他の領域を理解して教授会の一体感を維持するためのいい方法だと思う。一方、熊本大学では説明を聞いて少しの質問の後投票を行った。
より目的のはっきりした小さい組織の中核人事を行うときは、時間がかけられないが目的がはっきりしているので、人事はさらに重要になる。私自身は、熊本大学では遺伝発生医学研究所、京都大学では再生医学研究所、健康科学科、そして理研・発生再生研の立ち上げに関わった。このような場合、当時は候補者の名前付きで文科省に申請するので、方向性を明確にして、一番ビジブルな人を選ぶ必要がある。また、最初の人事で組織の方向性を世間に示す必要がある。これによって、その後の組織の成功が決まる。
いずれにせよ、教授選考の殆どは選考委員会の目利きとしての努力にかかっていると思う。選考委員会のメンバーのレベルが低いと、レベルの低い人事しかできない。そのためにも、教授には専門業績だけでなく、深い知識と人を見る目が要求されると思う。
今日本の研究力低下が問題にされている。ただ、論文を読んでいると、我が国からも素晴らしい論文を書く若手が出始めている。このような若手を一人でも多くサポートするのが大学や研究所、そして人事を担う選考委員会の役割だと思う。