世界規模の細菌叢研究によって、細菌叢は地域性が極めて高く、同じ国でも田舎と都会では大きな変化が見られることが知られている。この地域多様性の大きな原因は、当然食事で、ファストフードなどの都会の食事スタイルが、細菌叢を通して生活習慣病に影響することも知られている。従って、細菌叢を健康型へ変化させる食=プレバイオと、細菌による細菌叢介入=プロバイオは、人間の健康にとって重要な課題といえる。
今日紹介するカナダ・アルバータ大学を中心とする研究グループからの論文は、カナダのエドモントン在住のボランティアにパプアニューギニアの食をヒントに作成したプレバイオを3週間食べてもらったときの細菌叢の変化を調べた研究で、1月23日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Cardiometabolic benefits of a non-industrializedtype diet are linked to gut microbiome modulation(非工業国型食事による心臓代謝への効果は細菌叢の変化とリンクしている)」だ。
よく Cell が採択したなと言うのが率直な感想で、これまで言われてきた点の繰り返しに過ぎない気がする。ただ、科学性を高めるための様々な工夫が見られるのと、徹底的な解析が行われているのは評価できる。
まず工夫の方から紹介する。プレバイオの治験論文は数多くあるが、この研究では脳や代謝に様々な効果を持つ乳酸菌ロイテリ菌を指標として用いている。ロイテリ菌は都会人では殆ど検出されない。一方、パプアニューギニア人にはほぼ全員に検出される。そこで、ロイテリ菌が都会人にも定着できるかどうかを一つの指標としている。さらにプレバイオの設計も、パプアニューギニアで食べられている食品でカナダで購買可能なアイテムを用い、カロリーは一定だが、繊維が多く脂質が少ない細菌叢回復食品(回復食)を作成し、これを介入食として用いている。
結果だが、ロイテリ菌を一回飲んでも、食事がそのままだと全く定着しない。しかし、回復食を食べているグループは、ロイテリ菌が定着する。面白いことに、ロイテリ菌でもパプアニューギニアから採取した系統は回復食で維持できるが、ドイツで分離されたロイテリ菌は回復食でも維持できない。この結果は、プレバイオとプロバイオを統合させることの重要性を強く示唆している。もちろん毎日ロイテリ菌を飲んだ場合どうなるかについては全くわからないので、プロバイオを否定するものではない。
もちろんロイテリ菌だけでなく、ホストの細菌叢にも回復食は大きな影響を持つ。驚くのは、空腹時血糖、コレステロール、LDL などいわゆるメタボの指標が軒並み改善するのを見ると、回復食の威力を知る。
これまで、田舎の人ほど細菌叢の多様性が高く、これが健康の元と考えられてきた。ところがこの研究で使われた回復食は、逆に細菌叢の多様性を低下させる。ちょっと意外だが、残った細菌については細菌同士の相互作用を高める効果が確認できる。その結果、健康にいいと考えられてきた細菌を増やし、健康に悪いとされてきた細菌叢を減らすことに成功している。
集団レベルで見ると、大きな変化が見えないように見えるが、個人ごとで調べると回復食により2-3割の細菌叢が変化していることがわかる。これは短鎖脂肪酸などの代謝物が高まることから来ている。また、炭水化物を分解する能力の高い細菌が回復食で高まる。
詳細はすっ飛ばしたが、以上がこの研究の概要で、要するに繊維の多い植物性の食品が健康の秘訣であるという当たり前の結論になる。創薬研究と異なり、食の研究は結果が出てくるのに時間がかかる。特に、死亡率や心臓疾患と言った長期追跡が必要な指標を調べたいと思うと、殆ど介入研究は難しい。しかし、薬には頼らない健康法を科学的に証明するとすると、このような研究を地道に繰り返す以外に方法はない。
要するに繊維の多い植物性の食品が健康の秘訣であるという当たり前の結論になる。
Imp:
レア肉を食すと大腸癌になりやすいとの噂が。
これも細菌叢が、謎の鍵を握っているのか?!