先日哺乳動物の海馬の構造を新しい AI 回路の設計につなげる研究について紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/26034 )、素人ながらこの方向性の研究が新しい AI 設計に欠かせないように思う。そう考えて、今日は1月23日 Cell に掲載された、人間の海馬の回路構造を機能的、組織学的に詳しく検討したオーストリア科学技術研究所からの論文を紹介する。タイトルは「Human hippocampal CA3 uses specific functional connectivity rules for efficient associative memory(人間の海馬 CA3 は効率の良い連合記憶を実現するため特別な機能回路を形成している)」だ。
海馬の CA3 領域は、錐体細胞が回帰的回路を形成することで、パターン記憶と記憶想起を可能にしていると考えられている。すなわち、先日も紹介した2024年ノーベル物理学賞のホップフィールド回路に似た構造を持っていることが知られている。実際、マウスから人間への進化の過程で、海馬神経の数は急速に増加し、記憶容量も上がっている。 まさに AI の巨大化競争と同じことが進化で起こったと言えるが、では回帰的回路を形成している神経間の回路はどうなっているのか?以前のマウスCA3の研究から皮質の錐体細胞と異なり、神経間のネットワークの密度が低いことが知られていた。ただ、人間での研究は少ない。
この研究ではてんかん病巣の切除手術で採取した CA3 領域からスライスを作成、複数のパッチクランプ電極を設置、刺激したときの錐体神経間の結合を生理学的に解析するとともに、同じ組織を高解像度顕微鏡により形態学的に調べ、人間の領域の CA3 回路特性を調べ、マウスの回路や、人間でも他の領域回路との比較を行っている。
結論は単純で、人間の CA3 の神経間結合の密度は極めて低いことが明らかになった。すなわち多くの電極を設置して刺激応答を調べても、殆どの神経では反応が見られない。人間の皮質では、刺激に対して10%近い細胞が反応するのに、CA3 では1%に満たない。さらに、動物の間で比べると、人間の CA3 と比べて、マウスでは4倍、ラットでは2倍の結合性が認められる。
この背景にある組織学的違いを調べると、まず錐体細胞の大きさの多様性が大きい。これは細胞間のネットワークはまばらでも、個々の結合自体が強くなっていると考えられる。実際、シナプスを反映するスパインの数を調べると、スパインの密度はマウスと比べ半分に低下しているが、神経突起の長さが伸びているので、細胞が受け取っているスパイン数は同程度に保たれている。すなわち、ノイズの入りにくい構造ができている。
そこで結合している神経間でシグナルの伝達様態を調べると、マウスでは反応の正確性(すなわち立ち上がりや強さ)が低い(例えば3回の刺激に対して反応が抜け落ちる)が、人間ではほぼ完全に刺激に応答することがわかった。
すなわち、人間では錐体神経細胞の増加をそのままネットワークでつなぐのではなく、細胞間の結合性を減らすことで正確にシグナルが伝わるように進化していることがわかる。
そこで、この結合様式を反映するニューラルネットを PC 上で再現し、神経細胞数を高める一方、ネットワークの密度は下げ、結合自体の信頼性を高めることで、パターン記憶と想起の性能が格段に高まることを確認している。
以上が結果で、ニューラルネットワークも機能が違えば全く異なる特性の回路が形成されており、さらに進化の過程で特性を変化させていることがはっきりする。このように AI と比較しながら我々の脳やその進化を再検討することで、より効率の良い人工知能が可能になる。現在マスメディアでは、中国発の Deep Seek の話題で持ちきりだが、今や本当の課題は、これまでとは全くこ異なるニューラルネットを設計するための確信で、脳研究との共同は必須だ。
そう考えると、理研脳科学研究所が最初に設立されたとき、伊藤先生が我が国の人工知能の先駆甘利先生をメンバーに招かれたことは、当時の日本の脳研究の高い見識を示していると思う。
今や本当の課題は、これまでとは全くこ異なるニューラルネットを設計するための確信で、脳研究との共同は必須だ。
Imp:
新たなニューラルネットワークの可能性!
Bio-Inspierd Computerですね。
時々、紹介記事を見させていただいている者です。
Immune evasion through mitochondrial transfer in the tumour microenvironment(Nature)
岡山大学医学部の先生が出した論文ですが、癌免疫療法に役立つのでしょうか?
自分で選んだ論文を評価しますが、選んでいない論文はコメントしないことにしています。