妊娠に伴い脳を含む様々な組織がリプログラムされ、繁殖という動物にとっての大イベントを無事に終えるための準備が行われる。妊娠中に必要なだけ食べるということは最も重要なことなので、当然腸管もリモデリングされると考えられる。
今日紹介する英国フランシスクリック研究所からの論文は、妊娠中から授乳期の腸管のリモデリングについて調べた研究で、なるほど大きな変化が起こることを納得する論文だが、メカニズムの追求という点では少し不満が残る研究だった。タイトルは「Growth of the maternal intestine during reproduction(生殖に伴う母親の腸管の増殖)」だ。
この研究ではマウスの最初の妊娠前後の腸管の長さをまず比較して、、全長が妊娠前に33cmだったのが、妊娠18日目で40.5cm、そして授乳開始7日目には43cmに達すること、そしてこの変化は子育てが終わっても完全に戻らず39cm程度で落ち着くことを示している。比率で言うと2−3割伸びるのを見ると、ともかく驚く。
これに合わせて、絨毛組織のクリプトや絨毛のはがさも増加する。これは絨毛上皮の増殖が促進され、さらには上皮細胞の移動が早まることで進むことから、リモデリングは幹細胞の増殖の促進および分化した細胞の細胞骨格活性化が誘導する何らかのシグナルが妊娠期に上昇すると考えられる。
このシグナルを探す目的で、妊娠前後の腸管細胞の single cell RNA sequencing を行い、変化する遺伝子を調べると、代謝経路に関わる分子を中心に転写の大きなリプログラムが進んでおり、特に回腸で変化が著しいことが確認された。また、増殖している細胞が最も未熟な Lgr5 陽性細胞ではなく、Fgfbp1 陽性の上皮細胞であることも確認している。
ただ、single cell 解析だけでは変化の核となる分子を特定できないため、さまざまな時期で上皮の変化を調べることで、ナトリウム・グルコーストランスポーターの一つ、SGLT3 が特に妊娠期に上昇してくるのに着目し研究を進めている。
まず SGLT3 が妊娠中の変化に必須かどうかを調べるためノックアウトマウスを調べると、発生、成長、体の維持には全く影響がないものの、妊娠期から授乳期の体重がコントロールと比べると低下していることに気づく。ただ、妊娠中の腸管リプログラムに関しては、SGLT3 では完全に説明できない。というのも、データが示されていないのでなんとも言えないが、おそらく SGLT3 無しでも腸の長さは妊娠中に伸びる。しかし、絨毛の長さの伸びは抑えられ、DNA合成も低下している。
以上のように、妊娠中のホルモンの変化で誘導された SGLT3 は、何らかの形で Fgfgp1 細胞の増殖を誘導し、腸での栄養吸収効率を上げている。ただ、腸のリプログラミングの調節は、ホルモンの直接作用も含めてこの研究では完全に特定できていない。
SGLT3 は、現在腎臓や糖尿病の治療で最も注目を集めている SGLT2 と同じで、ナトリウムとグルコースのトランスポーターの一つで、何故この発現上昇が絨毛上皮の増殖を誘導できるのかについても完全に解明されたわけではない。生理学的な実験から、SGLT3 はグルコースよりナトリウムの取り込みに関わっていることがわかった。したがって、腸管でナトリウムの流入が上昇した上皮細胞で何らかの代謝変化が起こり、Fgfgp1 細胞の増殖を促す分子が提供されるとともに、細胞骨格が活性化されると考えられる。
以上が結論で、これが完全に実験的に示されていないのは残念だ。しかし妊娠中の腸管の変化の大きさには驚いた。物足らない論文だが、この驚きだけでよしとしておこう。
妊娠中のホルモンの変化で誘導されたSGLT3は、何らかの形でFgfgp1細胞の増殖を誘導し、腸での栄養吸収効率を上げている!
Imp:
SGL3にこのような働きがあるちは。。。