我々が学生の頃、人体解剖学での骨学の占める割合は結構大きく、特に頭蓋などでは突起や神経の通る孔を覚えた記憶がある。おそらく現代では調べればわかることをただ覚えさせるという教育はしなくなったと思うが、法医学や考古学で顔の復元が行われているのを見ると、骨学は新たな進展を見せていることを実感する。
今日紹介するテキサス大学オースティン校からの論文は、骨盤について新しい骨学のあり方を示す面白い論文で、4月11日 Science に掲載された。タイトルは「The genetic architecture of and evolutionary constraints on the human pelvic form(人間の骨盤形状を決める遺伝的構造と進化的制限)」だ。
この研究の問いは「二足歩行を始めた人類は、骨盤が狭くなることでおこる出産への悪影響をどう解決しているのか?」で、1960年に Washburn によって提起され、現在も議論されている問題だ。これを正確に調べるためには、骨盤の形状を身長や体重を補正しながら正確に測定する必要がある。この研究では、UKバイオバンクで骨盤部のX線写真が撮影された4万人あまりの人の様々な部位のサイズを学習させたAIモデルを作成し、これをベースに多くの人で比較可能な指標を算出できるようしている。
その上で、それぞれの部位の計測値と相関する遺伝的多型を探索する。まさに、新しい骨学で、同じモデルは医学や人類学だけでなく、考古学でも利用できると思う。驚くことに、骨盤の様々な計測と相関を示す遺伝子多型の数はなんと180に登る。これらは51の遺伝子と重なり、そのうち22個は骨格異常に繋がる変異が知られている。すなわち、骨盤の形状は様々な遺伝子の作用が集まった結果として形成され、それぞれの遺伝子の多型により骨盤の形状は変化する。
さらに、骨盤の形状は妊娠と出産に関わるが、骨盤の指標の中で女性で特に相関が見られるいくつかの指標があり(例えば恥骨下の角度)、これらは妊娠維持や出産異常との相関がある。UKバイオバンクでは様々な身体や病気についての記録がとられているが、これと骨盤の形状を相関させると、例えば産道が狭い人は腰痛のリスクが高いが、股関節炎のリスクは低い。ところが膝関節炎はリスクが高いので、炎症ではなく骨盤の形状による歩行モードの変化によると考えられる。事実産道が狭い人では日常の歩くペースが速い。
面白いのは、一度骨盤形状、ゲノムの相関がとれると、ゲノムしかデータのない人たちの骨盤に関わる形質を推定することができる点で、ゲノムから形状、そして様々な機能をつなげることができている。
最後に肝心の問題、すなわち出産と骨盤形状との関係を調べている。ただ、出産時の異常を特定するのは簡単でないため、出産時に緊急に帝王切開へと移った出産を集めて、骨盤形状との相関を調べている。緊急帝王切開の場合は全て背景に分娩異常が存在する。当然のことながら、産道の広さと分娩困難の相関は高い。
このように、分娩困難を伴うリスクを冒して、運動のための骨盤の形状を人間は獲得した。この問題を人間は他の類人猿より未熟で生まれることで解決したという考えについても、最後に議論している。最近の研究では人間が未熟で生まれるという考えは間違っているようだ。ただ、人間の場合骨盤のサイズに合わせて頭のサイズが小さくなっており、これが二足歩行と妊娠、分娩の問題を両立させるのだろうと結論している。
骨学も廃れるかと思っていたが、どっこい新しい方向に発展している。
骨盤形状、ゲノムの相関がとれると、ゲノムしかデータのない人たちの骨盤に関わる形質を推定することができる。
imp.
直立歩行と骨盤型。
ゲノムに刻まれているとは!