2020年以前の統計しか見ていないが、我が国で大腸直腸ガン (CRC) は増加を続けて、おそらく現在では男性でも胃ガンの発生率を超えていると思う。一方欧米では発生率の低下が認められているようだ。また最近の傾向として、50代以前の若年層のCRCは世界中で増加をしており、その原因についての探索が行われている。例えば欧米と我が国の違いにについては、脂肪分の多い欧米型の食事や肥満による影響とされ、我が国で増加している傾向は同じ枠組みで説明されてきた。しかし、若年層での増加が世界的に見られることから、これを単純に生活習慣の問題として片付けることはできない。
今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校を中心とする我が国の東大医科研や国立ガンセンターを含む国際チームからの論文は、800近くの世界各国から集めたCRCの遺伝子配列解析から、ガンで起こった突然変異の特徴を解析し、突然変異を誘導する要因について調べた研究で、4月23日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Geographic and age variations in mutational processes in colorectal cancer(大腸直腸ガンの突然変異過程の地域と年齢による違い)」だ。
このブログでも何度も紹介しているように、ガンで見られる突然変異の起こり方の特徴から変異の起こる原因を特定することができる。これらはCatalogue of Somatic Mutations in Cancer (COSMIC) としてカタログ化しており、例えばSBS1は加齢とともに起こるタイプで、SBS4はタバコなどの化学発ガンで起こるタイプと分類され、ガンでこれらの特徴を調べることで、ガンの変異の原因をある程度推察することができる。
この研究ではまず1000近いCRCを集めて全ゲノム解析で変異のタイプを調べている。ただ大腸ガンの場合、遺伝子修復機構に変異が起こるタイプが存在して変異の特徴に大きく影響するので、注意深く修復の低下しているCRCを除いた800例について、地域差、年齢差などを調べている。
この研究では、なんと我が国が、集団の年齢差を調整したCRCの年齢調整罹患率で今や世界トップになってしまっていることが述べられており、まず驚いた。
この研究では若年層と高齢層のCRCに分けて比べている。もちろん老化とともに起こってくるような変異は若年層のガンでは低い傾向にあるが、世界中で見られる若年層の増加傾向の原因を明確に示すようなはっきりした変化は認められていない。
次に地域での差を調べると、コロンビアやアルゼンチンで地域特異的な変異が特定された。この地域特異的な変化の原因は特定できていないが、南米で特に目立っていることから、強い環境要因の関与が考えられる。とはいえ、この環境要因を単純な化学化合物の暴露と決めつけることはできない。というのも、腸内細菌叢の違いも地域差の原因になり得るからだ。
その最も顕著な例として、この研究では大腸菌の分泌するコリバクチンにより起こると考えられているSBS88と呼ばれる一塩基変異とID18と呼ばれる挿入/欠損タイプに注目している。このタイプは、若年層でのガンで特に目立つ。驚くのは、このタイプが我が国で多い点で、大腸ガンより直腸ガンでそれが目立っている。即ち、我が国のCRC増加はコリバクチンへの暴露と相関している可能性がある。
ところがCRCの患者さんでコリバクチンを作る大腸菌が見つかるわけではない。従って、コリバクチンの暴露は発生期から幼児期にかけて一過性に起こっている可能性がある。特にID18タイプは早期におこるAPC変異の特徴のかなりの部分を占めていることから、成長期に一時的にコリバクチン産生バクテリアに晒されたことが、発ガンを促進している可能性が明らかになった。
以上が結果で、細菌叢に紛れ込んだ発ガン物質産生のバクテリアがCRC発ガンにとってかなり重要な役割を演じていることがわかる。とすると、極めてユニークな変異のパターンが目立つコロンビアやアルゼンチンなどのCRC発症に関しても、特定の細菌が原因になっている可能性がある。
いずれにせよ我が国でコリバクチンによる変異型が多いことにおどろいたが、もしこれが我が国でのCRC増加の重要な一因だとすると、いつ暴露されたかも含めて詳しく調べると面白いはずだ。うまくいけば子宮頸がんのように幼児期にCRCを予防することも可能かもしれない。
成長期に一時的にコリバクチン産生バクテリアに晒されたことが、発ガンを促進している可能性が明らかに!
Imp:
コリバクチン暴露が原因とは。。
予防方法の開発に繋がるかも。。