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5月日6 免疫トレーニングにはヒストンの乳酸化が関わっている(5月2日 Cell オンライン掲載論文)

2025年5月6日
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BCG接種により様々な感染に対する抵抗力が上がる免疫トレーニングについては、この現象を有名にしたCovid-19や感染症だけでなく、様々な免疫システムで起こっていることをこのブログで紹介してきた。基本的には、自然免疫に関わる細胞がBCG接種によりエピジェネティックな変化を起こして、これにより様々なサイトカインが誘導されやすくなり、これが免疫反応の誘導に関わると考えられる。ただ、どのエピジェネティックな変化が重要なのかについてはほとんど明確になっていない。

今日紹介するオランダ・ナイメーヘンにあるRadboud大学からの論文は、なんとヒストンに乳酸が結合することが免疫トレーニングを担う重要なエピジェネティック変化であることを示した研究で、5月2日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Long-term histone lactylation connects metabolic and epigenetic rewiring in innate immune memory(長期のヒストン乳酸化は免疫記憶で代謝とエピジェネティックなプログラム書き換えをつなぐ)」だ。

ヒストンアセチル化やメチル化など、一般的なエピジェネティックな変化が起こる場合は、メチル基やアセチル基を調達する必要があり、主にTCAサイクルから調達される。グリオブラストーマでで見られるIDH変異によるエピジェネティック変化はその典型的な例だ。

おそらくこのグループもBCG接種によりTCAサイクルを経由するエピジェネティックの変化が起こらないのか調べたのだと思う。ところがBCG接種により免疫トレーニングが誘導されると、マクロファージの代謝をGlycolysisの方に引っ張り、その結果、乳酸が多く合成されることを発見する。これはLPS刺激では観察できない。

Glycolysisではメチル化やアセチル化の原料を調達することはできないので、この場合のエピジェネティックの変化はヒストンを乳酸化することで起こっているのではないかと着想している。私はこの論文を読むまで、ヒストンに乳酸が結合してエピジェネティックな調節を起こすなど考えたこともなかったが、これまでいくつかの報告があったようだ。

そこで試験管内でBCGにより免疫トレーニングを誘導したときにヒストンの乳酸化が起こるか調べると、BCG刺激後多くのクロマチンでヒストンの乳酸化が起こっていること、そしてこの乳酸化はglycolysisによる乳酸合成を止めるLDH阻害剤、及び本来はヒストンのアセチル化に関わるp300の阻害剤で阻害されることから、glycolysis で合成された乳酸を使ってp300がヒストンを乳酸化することで起こるエピジェネティック変化であることを突き止める。 

以上の結果から、BCGによる免疫トレーニングでは、glycolysisを中心とするエネルギーの利用の変化が起こり、ここから生まれる乳酸をエピジェネティック変化に使っていることが明らかになった。

あとはこうして生まれたヒストンの乳酸化が免疫トレーニングに関わる遺伝子発現調節に関わっていることを、乳酸化ヒストンの免疫沈降などで徹底的に調べているが詳細は割愛する。BCG刺激による免疫トレーニングでは、自然免疫の中核IL-1βが特に強く誘導されることも確認される。この誘導がヒストン乳酸化が関与していることは、LDH阻害剤やp300阻害剤で抑制されることから確認できる。

ただ、ヒストンのメチル化やアセチル化と違って、乳酸化によるクロマチン調節と遺伝子発現メカニズムについては完全に解明されているわけではないが、Atac-seqで調べたオープンクロマチンのなかに乳酸化ヒストンが多く含まれているので、遺伝子発現にとってポジティブに影響していると考えられる。面白いのは、染色体の3次元構造形成に関わるCTCF結合部位にも乳酸化が認められている点で、遺伝子発現調節には様々なメカニズムが使われていると考えられる。

最後に人間でBCG接種後、人間の単球のゲノム上で乳酸化が広く誘導され、この修飾が長期間続いて免疫トレーニング状態が維持されることを示している。

結果は以上で、遺伝子特異的に乳酸化が起こるメカニズムなどまだまだ解明すべき点は多いが、ヒストン乳酸化という思いもかけない仕組みが免疫トレーニングに関わっているを知り、免疫システムの深さを実感した。

  1. okazaki yoshihisa より:

    人間でBCG接種後、人間の単球のゲノム上で乳酸化が広く誘導され、この修飾が長期間続いて免疫トレーニング状態が維持されることを示している。
    Imp:
    ヒストンに乳酸が結合することが免疫トレーニングを担う重要なエピジェネティック変化!

    筋層非浸潤性膀胱がんへのCytokineIL15スーパーアゴニストAnkitiva。

    BCGと併用で薬効を発揮します。

    何故そうなのか?
    薬理作用解明が待たれるところですが、
    今日の論文は一助になるかもしれません。

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