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5月16日 ヒトが大きな脳を獲得するための遺伝的条件(5月14日 Nature オンライン掲載論文)

2025年5月16日
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チンパンジーのゲノムが解読された時、人間のゲノムと98%が同じであることが強調されたが、似ている点を強調するより、2%も違っていると、その差を解明しようと努力が続いている。このブログでも何回も紹介しているが、遺伝子発現調節領域で意味がありそうな人間とチンパンジーの違いはなんと3000カ所にも及んでおり、これらを全て機能的に特定するのは簡単ではない。要するにそれぞれを地道に調べる努力が必要になる。

今日紹介する米国デューク大学からの論文は、そのうちの一つ、Wntシグナルを受けるFzd8のエンハンサーとしてすでに特定されている領域について、マウスへの導入実験や神経幹細胞培養などを駆使して徹底的に解析した研究で、5月14日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A human-specific enhancer fine-tunes radial glia potency and corticogenesis(ラディアルグリア細胞の機能と皮質形成の微調整を行う人間特異的エンハンサー)」だ。

この研究ではHuman accelerated region (HAR) のなかの一つで、結合しているヒストンコードやレポーターアッセイから、すでにFzd8遺伝子のエンハンサーとして働くことがわかっているHARE5領域を、人間のHARE5にすっかり置き換えたマウスを作成し、何が起こるかを詳しく解析している。

すると期待通り、皮質の大きさが増大し、神経細胞数の数が増え、しかもその中での機能的結合能が高まり、他の領域から独立した脳ができることがわかった。ただ、残念ながらこの結果マウスの脳の機能にどのような変化が起こったかについてはこの研究では追求がない。

代わりに、この形質変化の細胞レベル、分子レベルのメカニズムが詳しく検討されている。長い話をまとめてしまうと、ヒト型のHARE5に変わることで、神経の幹細胞であるラディアルグリア細胞でのFzd8の発現が上昇し、その結果ラディアルグリアや分化前の神経前駆細胞の数が増加し、これが分化した神経細胞数の増加と機能的結合性を決めている。一方、このエンハンサーによるFzd8の発現上昇は、分化やシナプス形成自体には大きな影響はない。

あとはエンハンサー自体の遺伝子配列の違いを、特に人間とチンパンジーで詳しく検討している。エンハンサー活性の中心部分でチンパンジーと人間は4カ所の塩基置換が認められる。iPS由来の肝細胞を用いてそれぞれを1カ所づつチンパンジーから人間型に変化させると、それぞれで25%程度遺伝子発現が高まる。そして、2カ所合わせて変異させると活性が80%上昇する。このように、順番はともかくチンパンジーから人間になる過程で、少しづつエンハンサー活性が上昇したと考えられる。ネアンデルタール人では既に人間型なので、おそらくそれより前の変化と言えるが、直立原人のゲノムが明らかでないので、これは想像するしかない。

さらに、このような段階的なエンハンサーの変化は、神経オルガノイド培養でも明らかな形質変化として捉えられる。

最後に、Fzd8の発現の微調整の結果が、古典的なWntシグナルの変化だけを誘導し、他のシグナルにはほとんど影響していないこともレポーターを用いて確かめている。

以上の結果、HARE5はオーソドックスなWntシグナル経路を高めることで、神経幹細胞の数を増やして、皮質神経層内の神経細胞数と結合性を高め、人間の脳の進化に大きく寄与したことが示された。神経ネットワークの量が増えるだけで驚く様な変化が起こることは既にAIで経験しているので、このエンハンサーの進化の寄与は大きいと思う。

論文では機能的な変化についてはあえて述べていない様な印象だが、人型に置き換えたマウスは生きている様なので、今後脳機能の論文が発表されると期待される。さらには、時間さえかければチンパンジーの遺伝子改変も可能なので、おそらくこの研究はそこまで進む気がする。

  1. okazaki yoshihisa より:

    HARE5はオーソドックスなWntシグナル経路を高めることで、神経幹細胞の数を増やして、皮質神経層内の神経細胞数と結合性を高め、人間の脳の進化に大きく寄与した!
    Imp:
    進化の首座は遺伝子発現調節領域!?

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