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5月19日 有袋類発生過程でのDNAメチル化動態(5月14日 Nature オンライン掲載論文)

2025年5月19日
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哺乳動物は1億6千万年前に有袋類と我々真獣類に分かれるが、大小を問わずそれぞれの系統では特に発生過程の大きな差が維持されている。意外なことに胚の初期発生では有袋類は遅れ気味で、また着床しても哺乳動物の胎盤のような複雑な組織は作らない。従って、子宮内で成長するより、早く生まれてから有袋類の特徴である育児嚢と呼ばれる袋の中で成長する。現役時代に発生学を研究していたとはいえ、有袋類のことは全く知らなかった(現在もそれほど進歩していないが)。ところがCDBのシンポジウムで有袋類胞胚期に内部細胞塊が形成されないと聞いて本当に驚いたことがある。真獣類と言っても発生研究が行われている哺乳動物は多くないが、有袋類の研究者は少なく、Nature のような一般紙で目にすることは少ない。

今日紹介する英国クリック研究所からの論文は、有袋類のメチル化DNAマップをを発生過程を追って調べた研究で5月14日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Divergent DNA methylation dynamics in marsupial and eutherian embryos(有袋類と真獣類でのDNAメチル化動態の多様性)」だ。

DNAメチル化マップを作ることは現在普通に行われるが、有袋類を飼育し、発生過程を追いかけるシステムの構築は簡単ではない。この研究ではテキサス大学リオグランデ校の実験室で飼育されている北米産有袋類(Opossum)を用いており、卵子、精子から様々な段階の初期発生胚を集めることができたことがこの研究のハイライトになる。

結果を一言で言うと、タイトルに書かれているとおり「DNAメチル化のパターンとメカニズムは、有袋類と真獣類で大きく異なっている」になる。いくら研究者が少ないからといって、両者の大きな違いについてはすでに多くが報告されている。この研究では、発生段階でのプロセスを検討し直した点が新しい貢献になる。

我々の精子と卵子でDNAメチル化を比べると、精子でのメチル化程度は卵子と比べて高いが、有袋類ではこの差が少なく、体細胞との差も大きくない。この結果と言っていいのかわからないが、我々の胚発生で起こる、一度DNAのメチル化を消去してから、それぞれの細胞に合わせたDNAメチル化を再構成する過程がない。即ち、受精卵のメチル化レベルの上に、それぞれの細胞に合わせた再構成が起こる。

我々真獣類ではこの再構成過程で、胚自体は高いレベルのDNAメチル化を再構成するが、トロフォブラスト由来の胎盤ではメチル化の再構成はあまり進まない。このメチル化の差が胚と胚外組織の違いに重要とされているが、面白いことに有袋類トロフォブラストではメチル化の程度が持続的に下がる。これは新しいDNAメチル化に関わる酵素の発現がトロフォブラストで抑えられているためで、脱メチル化に関わるTET分子も低いため、積極的な脱メチル化が進んでいるわけではない。このような自然減によるが、最終的に胚と胚外組織でメチル化程度の違いができている天が面白い。

おそらく最も大きな違いはX染色体の不活化だろう。不活化過程は、人間とマウスでも異なるが、最終的にはXistと呼ばれるノンコーディングRNAが発現した方のX染色体がヒストンH2K27のメチル化によるクロマチン構造変化を遂げて不活化される。このとき、どのX染色体が不活化されるかについては、細胞ごとに早くXistが発現した方が不活化されることが知られている。

有袋類にはXistの代わりに、よく似た機能を保つRSXと呼ばれるノンコーディングRNAが存在することが知られている。面白いのは、RSX領域が卵子ではメチル化されており、精子ではメチル化されていない。すなわち、受精後精子由来のX染色体だけからRSXが発現して不活化される。

他にもメチル化場所など詳しい解析がなされているが、割愛する。以上紹介したように、DNAメチル化を視点にして有袋類と真獣類を比べることで、それぞれの発生過程のルールの違いを際立たせることができるし、何よりも物知りになった気がする。

よくエピジェネティックに決まる形質の遺伝が議論されるが、有袋類の方が起こりやすそうなので、その影響を調べることも面白いように思う。

  1. okazaki yoshihisa より:

    DNAメチル化を視点にして有袋類と真獣類を比べることで、それぞれの発生過程のルールの違いを際立たせることができる!
    Imp:
    DNAメチル化で発生過程の調節!

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