AASJホームページ > 新着情報 > 論文ウォッチ > 5月29日 スピロヘータ科ボレリア属の人間への適応:ダニからシラミへ(5月22日号 Science 掲載論文)

5月29日 スピロヘータ科ボレリア属の人間への適応:ダニからシラミへ(5月22日号 Science 掲載論文)

2025年5月29日
SNSシェア

スピロヘータ科のボレリア属はライム病や回帰熱の原因菌で、マダニにより媒介されるライム病は現在もなお感染が見られる。多くは、他の動物により維持されていることが多く、ハイキングでマダニに噛まれて感染する。このように、ボレリアの多くはダニによる感染で、動物がダニとボレリアを維持するこが多いが、ダニからシラミに宿主を換えた回帰熱の原因になるボレリアは、人間特異的な病原菌へと変化した。

今日紹介する University College London からの論文は、ボレリアがダニからシラミにベクターを乗り換えて人間特有の回帰熱の病原菌へと変化した歴史を古代ゲノムから明らかにしようとした面白い研究で、5月22日号 Science に掲載された。タイトルは「ボレリア菌の古代ゲノムはシラミにより媒介される回帰熱の進化の歴史を明らかにする」だ。

埋葬されていた人間の骨髄からは人間以外の様々なDNAが検出されるが、その個体が生きていた時期に存在していることが確認できると、当時の様々な細菌のゲノムを調べる材料になる。例えば現在の歯周病に関わる菌のいくつかはネアンデルタール人の歯石から検出できる。

この研究ではその中からボレリアでシラミへとベクターを乗り換えた B.recurrentis のゲノムを探索し、鉄器時代から中世までのボレリアゲノムを再構成することに成功している。

現存のボレリアゲノム研究から、シラミに乗り換えた B.recurrentis ではゲノムのサイズが減少し、病原性が高まることが示され、大きなゲノム変化が起こっており、ダニからシラミへの転換を追跡するのは簡単ではなかった。この研究で、2200年前の英国鉄器時代のボレリアが再構成されることで、かなり正確な系統樹を書くことに成功し、最も近いダニ媒介の回帰熱菌 B.Duttoni と約5.6千年前に分離したことがわかった。

重要なことは鉄器時代のボレリアと、中世のボレリア、そして現代のボレリアはそれほど大きな変化が見られないことで、種が分岐してから大きな変化がないとすると、おそらく5−6000年前にシラミへの乗り換えが起こったと想像できる。面白いのは、この時期に人間は定住が進みヒツジなどの家畜の飼育が進み、毛皮などを用いた衣服を着用するようになったらしい。即ち、ケジラミからコロモシラミへの転換とともに、ボレリアが人から人へと感染する病原菌になった可能性が示唆される。ただ、この乗り換えを後押しする決定的な遺伝要因を特定するには至っていない。

一旦 B.reccurentis が分岐してからの変化は大きくないとはいえ、しかし B.duttoni からゲノムに組み込まれたプラスミドを中心に2割ゲノムサイズが低下している。ほとんどは不活化されているプラスミドなのでシラミへの乗り換えでゲノムサイズを落とす適応が起こったと考えられる。

ただ、必ずしも遺伝子の数が減る方向だけではなく、実際 B.recurrentis になって165個の新しい遺伝子が獲得されているので、極めてフレキシブルな進化が、主にプラスミドを媒介として起こっていることがわかる。おそらくこの中にシラミへの乗り換えに関わる遺伝子も存在するのではないだろうか。

次に、2200年前と中世・現在のボレリアの違いを調べると、例えばプラスミドの分離に関わるボレリアに広く分布する遺伝子が中世型への変化で失われ、新しい遠縁の分子で担われるようになっていたり、組み換えに用いられる RecA が欠損したりと、なかなか面白そうな変化が見られる。これが、人間の回帰熱の歴史とどう関わるのか興味を引くが、今後の課題になる。

他にも点突然変異を調べていくと、ホストの免疫から逃れる仕組みを中心に変化が見られるのも面白い。

以上、まだ病気の歴史とボレリアの歴史を対応するところまではできていないが、古代ゲノムの研究から分岐してきた古代病原菌の研究は人間の進化過程の解明に欠かせない。

  1. okazaki yoshihisa より:

    ケジラミからコロモシラミへの転換とともに、ボレリアが人から人へと感染する病原菌になった可能性が示唆される!
    Imp:
    ヒト、シラミ、ボレリアの共進化!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

*


reCaptcha の認証期間が終了しました。ページを再読み込みしてください。