腸内細菌叢が介入可能な「もう一人の私」として重要なことは明らかだが、次世代シークエンサーの普及でこの分野が進展し始めた頃は、もっぱら、どのタイプの菌が増えたとか多様性が減じたとかと言った現象論にとどまっていて、そこから生まれる介入方法は結局細菌叢の移植を超えることはなかった。しかし、全ゲノム研究が進み、それぞれのバクテリアの機能面が明らかになってくると、ホストとの関係をより因果的に研究できるようになった。
この流れの先頭を切っているのがこのブログでも何回も紹介した MITのRamnik J Xavier さんで、読んで面白い論文を発表し続けている研究者の一人だ。今日紹介する論文はこの Xavier 研からの論文で、Bacterioides が合成するスフィンゴリピッド (SpL) がコレステロール合成系を介して IL-10 分泌を誘導して腸内の炎症を低下させることを示した面白い研究で、5月30日Cell Host & Microbeに掲載された。タイトルは「Bacteroides sphingolipids promote anti-inflammatory responses through the mevalonate pathway(Bacterioides 由来のスフィンゴリピッドはメバロン酸経路を介して抗炎症反応を促進する)」だ。
昨日に続いて今日も SpL の話になるが、今日は腸内細菌叢の主要構成要素の Bacterioides が合成するSpL の話だ。これまでの解析から腸内細菌叢のなかで SpL を合成する能力があるのは Bacterioides 属だけであることがわかっており、Xavier らはこの合成の酵素spt をノックアウトした Bacterioides は腸内炎症を抑制する能力が低下し、逆に炎症を亢進させることを2019年に明らかにした(Cell Host & Microbe 25, 668–680, May 8, 2019)。
それからほぼ6年、炎症を抑える脂質成分を追求した結果がこの論文になる。炎症を収める野生型のBacteriodes (BTW) と spt 酵素がノックアウトされた結果炎症を促進する Bacterioides (BTspt) の脂質成分を比較するとともに、BTWの脂質がホストに働くとき重要と考えられている細胞膜由来粒子 (OMV) の脂質成分を比較して、BTWでだけ合成され、しかもOMVで濃縮している脂質として哺乳動物には存在せず、主に昆虫に存在している SpL、dihydroceramide phosphoethanolamine (CerPE) であることを突き止める。
そして、1)BTW由来 CerPE が OMV に運ばれ、腸管上皮や血液系の細胞に取り込まれたあと、24時間以上細胞内にとどまれること、2)この結果 OMV は腸内の炎症を抑えることができること、3)炎症抑制は IL-10 分泌と IL-1β 分泌抑制が関わること、4)このうち IL-10 合成はコレステロール合成経路のメバロン酸合成過程を CerPE が促進することにより、抗コレステロール薬スタチンでこの効果をブロックできること、を明らかにしている。
CerEP がメバロン酸合成経路を高めるメカニズムは明確ではないが、この結果は様々な意味で重要だ。
まず、これまで OMV はバクテリアから遺伝子やタンパク質の運び屋としてホストに作用していると考えられてきたが、中身がなくてもそれが合成される脂質自体でホストの反応を誘導できることは、OMV を考える点で大きな転換点となるだろう。
さらに、異質な脂質がホストに抗炎症メディエータとして働くことで、哺乳動物の発生以来続く Bacterioides の共生関係を築いてきたことも面白い。もちろん、腸内炎症を抑える新しい方法の開発や、私も服用しているスタチンの作用を理解する意味でも重要な論文だと思う。本当にプロの研究だと感心する。
さて、話は変わりますが、私は今日で77歳喜寿を迎えました。うれしいことに、先週、プログラムディレクターを務めたさきがけプロジェクトの同窓生が研究報告会を開催してくれ、彼らの活躍ぶりにふれることができました。そのとき喜寿のお祝いとしてTシャツをプレゼントしてくれたので、これを着て自身の近影を皆様に紹介することにしました。
バックに使ったのは、東京藝大大学院を卒業したばかりの小坂初穗さん(https://www.suteki-art.com/artists/%E5%B0%8F%E5%9D%82-%E5%88%9D%E7%A9%82/)の作品です。ここまで生きてこられたのは本当にありがたいことですが、歳を重ねるということは様々な苦しみが積み重ることでもあります。多くの友人を失う悲しみが日常になります。また昨日までできたことができなくなります。それでも残った能力でできることに精一杯チャレンジして、黙々と生きていこうという決意が喜寿を迎えるということだと思っています。小坂さんの象の絵は私の家にある唯一の具象画ですが、この老人の気持ちを本当にうまく表現しているように感じており、デスクの横に飾って毎日見ています。是非皆様もご鑑賞ください。
論文ウォッチもなんと4500回を超えました。次は5000回を目指し、途切れることく喜寿を超えて生きている老人の毎日の興奮を伝えていきたいと思っています。

OMV はバクテリアから遺伝子やタンパク質の運び屋としてホストに作用していると考えられてきたが、中身がなくてもそれが合成される脂質自体でホストの反応を誘導できる.
Imp:
誕生日おめでとうございます。
aasjの企画は21世紀にマッチした試みです。
論文ウォッチもなんと4500回!
これからも毎日楽しみにしております。
西川先生
おめでとうございます。これからも毎日のブログを楽しみにいたいと思っています。宜しくお願い申し上げます。
喜寿、おめでとうございます! 毎日ブログ楽しみにしています。
今日、ご紹介にあったRamnikらとは、長年共同研究していますが、彼らの研究(Broad 研究所全体の研究)は私もすごいと思います。
本田さんからの言葉はうれしいです。