Gender gap(男女差)がいつ、どのように生じるのかは、社会学だけでなく脳科学の観点からも極めて重要な課題だ。特に学業における gender gap の原因を探ることは、社会学、行動学、心理学、脳科学といった分野を横断する総合的な研究課題と言える。
今日紹介するのは、フランス・パリ=サクレー大学からの論文で、フランス全土で実施されている学力テストのデータを解析した研究だ。算数における gender gap が、学校に通い始めることそのものによって生じるという驚くべき結果を示しており、6月11日付の Nature オンライン版に掲載された。タイトルは 「Rapid emergence of a maths gender gap in first grade”(算数の gender gap は小学一年生から急速に現れる) 」だ。
日本では全国学力テストが小学校6年生を対象に行われ、毎年どの県の学力が高いかが話題になるが、朝日新聞によると2022年のテストでは正答率に男女差はほとんど見られなかったようだ。それでも、理数系科目を「好き」と答える割合において男性の方が高いという gender gap は依然として問題視されている。
一方、フランスの学力テストでは、小学校入学時(9月)、第2学期開始時(1月)、さらに2年目の開始時(翌9月)という3回にわたって、言語能力(ここでは「国語」と捉えてよいだろう)と算数能力を多角的に評価する、非常に丁寧なテストが行われている。
点数のランキングをプロットすると、入学直後からトップ10%に占める男子の割合がやや高めではあるものの、統計的に有意な差とまでは言えない。しかし第2学期の開始頃から男子のトップ層への比率が高まり、1年の終わりには明確な算数における gender gap が出現していることが確認された。
このテストは2018年以降、年4回にわたって実施されており、全ての年度で同様の傾向が再現されている。さらに、学校の種類(私立、公立、特別支援学校)に関係なく、この傾向は一貫して観察された。予想通り、平均点そのものは私立校で高く、特別支援校で低いが、gender gap の出現パターンはどのタイプの学校でも変わらなかった。つまり、入学から1年以内に gender gap が明確に形成されている。
Gender gap は一般に社会環境の影響とされるが、女性差別の強いイスラム圏出身の移民が多いフランスでも、社会的ステータス(親の学歴・収入等)ごとに分析しても、学校に通い始めることで gender gap が形成される傾向は変わらなかった。日本とは異なり、フランスには海外県が存在するが、全く異なる社会環境にある海外県でも同様の傾向が見られた。さらに興味深いことに、社会階層が高い家庭の子どもの方が、このギャップはより大きくなる傾向も確認された。つまり、高学歴・高収入層の家庭が私立学校に子どもを通わせても、gender gap は避けられなかった。
入学時には gender gap が無かったこと、また同学年内でも12ヶ月もの年齢差があるにもかかわらず、このギャップが実年齢とは相関しないことから、gender gap は学校に通うプロセスの中で形成されていると結論づけざるを得ない。
以上が主な結果だが、次に問うべきは、この gender gap がなぜ生じるのか、その原因を突き止め、可能であれば解消する方策を見つけることだ。しかしこれは容易ではなさそうだ。
論文では gender gap の原因としていくつかの可能性を検討している。もちろん男女間に生得的な行動差や心理的特性差が存在することは知られている。例えば女性の方がテストに対する不安が強い傾向があり、これが同じ能力でもパフォーマンスに差を生じさせる可能性はある。ただし、入学初期には男女差が無かったことから、この要因だけでは説明できない。
様々な可能性を慎重に排除していった結果、論文は「学校に通い始めた後、教師や家族が性別による先入観を無意識のうちに子どもに伝えてしまう」ことが gender gap の形成に大きく寄与していると結論している。例えば「女の子は算数が苦手」といったステレオタイプ的な見方が、意図せず子どもの意欲や自己評価に影響を与えてしまうと考えられる。ただしこれは教師個人の問題ではなく、学校という場を媒介とした家庭での子どもへの接し方の変化も重要な要因だろう。
興味深いことに、コロナ禍で学校教育が正常に行われなかった年には gender gap の程度が低かったという事実は、学校という社会システムの影響力の大きさを改めて示唆している。
コロナ禍で学校教育が正常に行われなかった年にはgender gapの程度が低かったという事実は、学校という社会システムの影響力の大きさを改めて示唆!
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