七夕だから選んだわけではないが、今日はゲノム上で遠く離れたプロモーターからの転写を調節するエンハンサーについての論文を紹介する。
私がエンハンサーという言葉を聞いたのは、留学していたケルン大学遺伝学研究所のスプリングミーティングで、Chambon や Schafner の講演を聴いたときだった。ほとんど理解できていなかったと思うが、エンハンサー研究はトランスジェニック解析が可能になり、特に発生での役割が急速に進んだ。この方向の研究というと、一緒に神戸のCDB設立に走り回った相沢さんが頭に浮かんでくる。その後染色体とスーパーエンハンサー概念の確立が大きなエポックとして思い出されるが、これはなんと言ってもこのブログで何度も紹介した Richard Young だろう。現役を退いてからでは、なんと言っても核内での領域の3D構造を決める研究が面白かった。そして現在では single cell レベルでのエンハンサー解析研究が進むが、この領域では京大の村川さんに期待している。このように、私自身が1980年留学を契機に基礎医学を目指してから現在まで、私自身は門外漢だったが、この分野に注目してきた。
今日紹介するカリフォルニア大学アーバイン校からの論文は、エンハンサー研究の中で、どうしてこんなことが発見されずにいたのか不思議なぐらい面白い研究で、7月2日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Range extender mediates long-distance enhancer activity( Range extender は遠く離れたエンハンサー活性を媒介する)」だ。
この研究は1990年代からトランスジェニック解析を用いて発生に関わるエンハンサーを特定する研究の延長にあると言える。すなわち、指の数と形を決めるオーガナイザーに発現する shh の発現を調節しているエンハンサー (shh-E) が、1Mb 近い離れた距離のプロモーターを調節できるのかという昔からの疑問を再検討している。ただ、これまでのように shh-E 自体を調べるのではなく、発生の同じ時期にほぼ同じ場所で働くことがトランスジェニック解析でよくわかっている他のエンハンサーと shh-E を置き換えることで、活性が見られるかというダイナミックな発想で実験を行っている。即ち同じ時期、領域、細胞で発現を調節できるエンハンサーなら、shh-E と置き換えても、染色体の折りたたみやクロマチン構造などの条件が揃っておれば、エンハンサーとして働くはずだと考えられる。
結果は予想に反して、調べた全てが shh-E と置き換えると全く機能せずに、指の形成も全く誘導できないことがわかった。即ち、これまで知られている遠くのプロモーターに働くエンハンサーの条件がすべて存在しても、エンハンサーとして働かないことを示している。一方そのうちの一つ HS72エンハンサーを shhプロモーターの近くに挿入すると、同じ時期、同じ場所に shh が発現し、指の形成が誘導される。ただ、発現が強すぎて余分な指ができるが、基本的には shh-E の代わりになる。
すなわち、長い距離で働くときに必要な、これまで知られていない調節領域が存在する可能性が強く示唆されたので、それを探索し、エンハンサー領域で種を超えて保存されている部位を探索、エンハンサーの効果の範囲を広げる領域 (range extender:REX) を発見する。
これを HS72 や MM1492 といった、shh-E と置き換えることができなかったエンハンサーに結合させて shh-E と置き換えると、今度は見事にタイムリーな発現が起こり、指の形成も誘導できることがわかった。
さらに、この領域の配列モチーフ解析、そしてそのモチーフの除去によるエンハンサー活性解析から、リムホメオボックス遺伝子 (LHX) 結合部位が REX に必須であることを明らかにしている。
他にも同じ領域が、長い距離を超えて働くエンハンサー部位に見つかることから、REX の機能は他の遺伝子でも見られることを示唆しているが、LHX 結合配列の具体的な機能や、extender としてのメカニズムについては解析できていない。とはいえ、私が現役時代の手法を駆使して、新しい問題が提示された。今後の発展が楽しみだ。
1:長距離で働くときに必要な、これまで知られていない調節領域が存在する可能性が強く示唆
2:エンハンサー領域で種を超えて保存されている部位を探索、エンハンサーの効果の範囲を広げる領域(range extender:REX)を発見!
Imp:
エンハンサー効果範囲を広げる領域(range extender:REX)発見さる!